「1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録」と 「きしむ政治と科学 コロナ禍、尾身茂氏との対話 」を読みました。
「自然、文化、そして不平等 -- 国際比較と歴史の視点から [ トマ・ピケティ ]」を読みました。
以前に読んだ同じ著者の「21世紀の資本 [ トマ・ピケティ ]」では、過去の膨大なデータを集めて解析し、将来を冷静に予測する、その質と量に圧倒された記憶があります。
なんてったって「21世紀の資本」は本文607ページ、注釈96ページの大著です。「自然、分化、、、、」は全部で100ページ程度。2022年3月の講演録です。本屋で見かけて「これなら軽く読めるだろう」と思って手に取りました。
結果として、内容は「軽く」はなかったけれど、大変興味深く読むことができました。
「人は平等」
言うのは簡単だけれども、平等であることは実は歴史のなかで決して当たり前のことではなかったことが示されます。
そもそも、「平等って一体どういうこと?」という問いに答えることすら難しいことがわかります。すぐにわかることとして、少なくとも、「平等=同じ」ではありません。だってみんな違うんだから。
本書によれば、現在、スウェーデンは世界で一番平等だと思われている国の一つだそうです。確かにそう言うイメージがあります。そして、スウェーデンには時代を超えた国家の特質として「生まれながらにして平等を好む文化があるという見方があるとのことです。
でもトマピケティが紐解く歴史によれば、長い間、ヨーロッパで最も不平等な国の一つであり、不平等な政治運営にかけても非常に巧みであったそうです。しかしそれが政権交代によって急速に様変わりしたとされます。社会における「不平等」とか「平等」というのは極めて流動的なもののようです。世界はどちらの方向に進んでいるのだろうか、ということが議論されていきます。
世界には、所得格差、資産格差、ジェンダー格差、さまざまな不平等があります。それぞれを検証していくと、全体として見れば、世界は平等に向かって歩みを進めているようです。それがデータから裏付けられるのでちょっと嬉しく思いました。
でも、筆者の主張は世界的な流れが平等に向かっている、と言うだけではないようです。
結論の最後に書かれていることが、まさに本当のメッセージだと改めて思いました。
『問題を他人に丸投げにしてはならない。経済や歴史の知識を共有することによって、より民主的な社会と、権力のよりよい配分をめざす運動の重要な一翼を担うことができるし、またそうしなければならない。』
本文を読むとこの文章が改めて深く納得できるような気がします。骨太の内容でもお気軽に読めて、その意味で講演録はいいね、と思いました。
個人的には、権利の平等を主張するあまりに均一性への同調圧力とならないように注意したいものだと思います。
北里柴三郎と森鴎外の二人がかすかに触れ合いながら、互いの道を歩んでいく。二人をライバルとみたてて紡ぎ出されるストーリー。
とにかく熱い北里と、蝶のようにひらひらと華麗に舞うことを願う森。
自分のなかでは、北里がベルリンに留学している13歳下の荒木寅三郎に贈った言葉が印象的で、自分の仕事への向き合い方について考えさせられた。
曰く「世の中は行き詰まらぬ。行き詰まるのは本人に熱と誠がないからだ。熱と誠があれば何事も成就する。」
熱と誠で頑張っていきたいと思う。
そして、本書で描かれている医学的事項の中心は感染症。感染症との戦いは当時から存在していた。
何しろ北里柴三郎は血清療法の可能性を世界で初めて示した人で、数々の業績から「日本の細菌学の父」とも称される。ここでは正しかったことだけでなく、失敗だったエピソードも描かれる。
また、当時の感染症対策の失敗などは、現代のコロナ政策への批判のようにも感じられる。でも、まてよ、同じことを繰り返していると言う点で、殆ど進歩していないのかもしれない、と思った。人類の進歩なんて、大自然の力からすれば、ほとんど取るに足らない程度の「進歩」なのだろう。
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