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予備校の英語

予備校の英語 [ 伊藤和夫(1927-1997) ]」 を読みました。

今から30年以上前、僕は一年間駿台予備校に通っていました。少なくとも当時、駿台予備校では講師の先生方を〇〇師と呼ぶ風習がありました。僕が直接教えていただいて、講義を今でも覚えているのは数学;秋山仁師、長岡亮介師、物理;山本義隆師、坂間勇師、英語;伊藤和夫師くらいです。おそらく他にもたくさんの「師」に教わったはずなのですが、不真面目だった僕には思い出せません。

その中でも伊藤師はスーパースター的存在でした。高校2年から3年にかけて、僕は伊藤師によって書かれた薄っぺらいテキストを、小さな塾で1ページ目から最後まですり切れるほど勉強しました。これに加えて、伊藤師の著作、英文法頻出問題演習、英語構文詳解、英文解釈教室を勉強することで、中学校以来の苦手科目であった英語の成績が一年間で飛躍的に伸びました。僕のなかで「受験英語」=「伊藤英語」と言っても過言ではありませんでした。

左から右へと英文を読む時、意味を正しく理解するための頭の使い方を習得する。そのために必要な道具として英文法の知識を整理する。それらを理路整然と説明できるようになる。そして「私はこの問題におけるポイントを確実に理解しています」ということを答案によって採点者に示す。これが、受験英語であるかのように思っていました。

本書では、「英語によるコミュニケーション能力の重視」のような、具体性と方法論の欠如した耳障りの良いお題目と、結果として、何を評価しようとしているのかわからない大学入試問題に痛烈な批判が展開されます。 当時から感じられたことでしたが、伊藤師は「受験英語」を教えようとしていたわけではありませんでした。外国語を学ぶための方法を提示してくれていたように思います。

本書のなかで「英文解釈教室」のあとがきの文章が示されています。
「本書の説く思考法が諸君の無意識の世界に完全に沈み、諸君が本書のことを忘れ去るとき、本書の理想は達成されたことになる」
そういう思いで講義されていたのだぁ、と改めて思いました。

改めて「英語」を勉強してみたいと思いました。「予備校の英語」は英語という教科を通して、様々な体系化されていないものを教えることの難しさ、目標設定や評価法の重要性を深く考えさせてくれる一冊でした。

1997年に初版が発行されてから2018年に第10刷が発行されています。20年にわたって読み続けられているのにはワケがありました。

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