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指導者とは

指導者とは (文春学藝ライブラリー)を読みました。

 

正確に言うと二回目です。一回目は、今から約30年ほど前、本書が出版された頃に読みました。その後、その本を友人に貸したりしているうちに何処かに行ってしまいました。非常に強く記憶に残っていたので、また読みたいと思っていたら、文庫版として復刻されているのを知り、おもわず購入してしまいました。

 ニクソン大統領はウォーターゲート事件で辞任した大統領として有名ですが、ベトナム戦争を集結させたり、冷戦時代に米中和解の道筋をつけるなど、大きな功績を残しています。本書で描かれるのは、そのニクソン氏が、自身の政治家人生のなかで、個人的レベルまで親しくなって交流したり、政治的な問題で交渉したりした世界各国の指導者たちです。ニクソン氏は、彼らの特質を明らかにし、氏の考える国家の指導者に必要な特質を明らかにします。

 

そんな本書の魅力は描かれる指導者たちの魅力に大きく依存しています。全員、第二次大戦前後の激動の時代を生き抜いた人たちです。歴史の教科書などでしか見たことのないような人たちとの、実際の交流が描かれるのですから、歴史の現場を垣間見たような気がします。

 それぞれの人たちについて語られているなかで、印象的なものを抜き出してみました。

ウィンストン・チャーチル
 『政治の世界での敗北は、本人が打ちのめされ政治をやめるまでは致命傷になり得ない。そしてチャーチルはやめるということを知らぬ男であった。』

シャルル・ドゴール
 『個性と言えば、強い倫理性や不屈の意志を考える人が多いだろうが、ドゴールが意味するのは高い理想と意志実現に賭ける情熱である。』
 ドゴールからイラン国王パーレビへのアドバイス『全力を尽くして独立独歩しなさい。』
 ニクソンと周恩来の間でのドゴールについての会話『十二年間の在野時代がドゴールの個性を育てたのだというと、周恩来もうなずき、平坦な道を歩くだけでは力はつきませんからねと答えた。』

マッカーサーと吉田茂
 『マッカーサーはアメリカ史上の巨人だった。』
 『吉田は戦後世界の『謳われざる英雄』の一人だろう。』
 『マッカーサーの高遠なビジョンがなければ、戦後の日本の大改革はあり得なかった。だが、吉田が、慎重に細部まで目を配らなければ、そうした改革はいたずらに日本を混乱させ、混沌に陥れていたに違いない。』

コンラート・アデナウアー
 アデナウアーの言葉『きみと私の違いは、私が正しい時に正しい決断をしたことである』
 『被占領国の指導者には、条件つきの支配権しかなかった。外に連合国、内に野党という批判勢力を持つアデナウアーには、良識とともに、粘り強い鋼のような忍耐力が必要とされた。「敗者にとって最大の武器は忍耐だ。忍耐力なら私は誰にも負けない。もう少し待とう。」』

ニキタ・フルシチョフ
 『私がこれまで会った世界の指導者の中で、その猛烈なユーモアのセンス、その知的柔軟さ、ねばり強い目的意識、権力へのあくなき意志において、フルシチョフに匹敵するものは一人もいない。』

周恩来
 ニクソン大統領の中国訪問は世界を驚かせ、ニクソンショックと言われました。その時に直接交渉に当たった周恩来の印象。
 『私は周とのサシの公式会談だけに十五時間以上を費やした。その間、周の四つの長所から強い感銘を受けた。それは彼の粘り、準備、交渉術、それに圧力の下にあってもなお崩れない冷静さである。』
 『周の穏やかな自己批判はかえって円熟した自身の表微に他ならなかった。』

 全体を通して思うことは、思索と行動のバランス、そしてなにより粘り強さが大切だということでした。国の指導者にはなり得なくても、自分の指導者として自分を律しようとするときには参考になるところが多々ありました。時間をおいてまた読み返してみると、新たな発見があるような気がします。

 それにしても、今から30年前、本書の中で、ニクソン氏はすでにこう語っています。いかに本質を見抜いていたことかを実感します。指導者かくあるべし、というコメントだと感じました。

『アメリカが世界の国々と付き合うに当たって最も犯しやすい過ちの一つは、外国の政治を西欧民主主義の基準で測り、あらゆる文化を西欧の基準で割り切ることである。』




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