And yet it moves. それでも地球は回っている。
論文撤回とか、データのコピペとか、取り下げるとか取り下げないとか、科学論文がニュース番組をにぎわわせています。
データの扱いにはお粗末なところがあったのは確かなようで、このあたりが話をややこしくしているように思います。僕は「悪意による捏造があったかどうか」と、「報告内容の真実性」については分けて考えたいと思います。
遺伝法則を証明したメンデルのエンドウ豆の論文もデータは捏造されたものだったそうです。近年でも社会問題になるようなサイエンスの領域におけるデータ捏造事件がありました。過去から現代まで一定の頻度であったものなのだと思います。捏造がいいとは言いません。許されざることです。
何しろ科学コミュニティは、「科学者にそのようなことをする人はいないはずだ」ということが前提となっているからです。僕が教えられたり、経験した範囲で考えれば、通常、ウソをついて作った結果は、学問が進歩する過程で矛盾を生じます。そして更なるウソをつかねばならない状況に追い込まれていきます。いずれわかることです。
今回の問題で、データの取り扱いの問題は信用問題ですから、様々な方面に大きなダメージがあると思います。当事者となっている方々にとっては大変なことだと思います。でも、申し訳ないけれど、僕にとっては対岸の火事。だから、僕は悪意による捏造があったかどうかに興味はありません。
ただ、最先端の生物実験においては「ある一時期、なぜかうまくいっていたのに、ある時から再現できなくなってしまう。」ということが本当にあるようです。
STAP細胞が発表されたNatureと同じ系列の雑誌でNature Geneticsという雑誌があります。ここに掲載された「Nat Genet. 1995 Mar;9(3):243-8.」がその一例です。発表された時は報道ステーションなどでも取り上げられ、話題を呼びましたが、その後、なぜか再現できなくなってしまいました。
再現性の重要性を強調するときの悪い例として、総説に取り上げられたりもしていた記憶があります。
著者の先生方はその後、同様の現象が(効率は圧倒的に悪かったとしても)ある程度再現可能であることを、何年もかけ、大変な苦労をされて、証明されました。(Biochem Biophys Res Commun. 1999 May 10;258(2):358-65.)
だから、論文著者を含めて今回の報告と全く同じ内容を再現できなかったとしても、今回の論文が「メンデルの論文」の様なものなのか、「デタラメ」なのかを判断することはできないのかなぁ、、、と思っています。
僕は「STAP細胞(あるいはそれと似た細胞)が誕生するような生命現象」はあると思っています。つまり、細胞が生きるか死ぬかの状況におかれた時の「生き残り戦略」として、より未分化な細胞にトランスフォームするというのは「あり」なストーリーだと思うのです。文学的で、科学的な表現ではありませんが。
僕たちが「がん」の治療をするとき、がん細胞を死滅させるために薬をつかったり、熱で焼いたり、栄養血管をつめたりします。これは強い生存ストレスです。この治療の過程の中で、悪性腫瘍が突然性格を変えて狂ったように暴れだすことがあります。
僕たちはこれを実験的に再現してみようと考え、肝細胞癌の細胞株に10分間の熱ストレスを加えてみました。熱処理をされた細胞の中に強烈な増殖能力を持ったものが出現しました。(Hepatol Int. 2008 Mar;2(1):116-23. )この細胞につけられた番号は18番でした。当時、「怪物」と呼ばれ、レッドソックスで活躍していた松坂大輔投手の背番号と同じだったので、僕たちの間では「Matsuzaka」と呼んでいました。
この細胞は、「癌細胞」から作ったものですが、元の細胞と比較してES細胞などのような「幹細胞」のマーカー遺伝子発現が増強していました。僕は先に述べたような治療過程における悪性腫瘍のトランスフォームは生存ストレスに呼応した幹細胞化なのではないかと思っています。
ただこの「Matsuzaka」、再現性に問題がありました。10分間の熱処理で同じ「Matsuzaka」を作成することはついにできませんでした。幹細胞マーカーを発現したものは作れるのですが、、、。
そんなことで悶々としながらなんとか形にまとめようとしていたら、ハーバード大学の人達に先に発表されてしまいました。(Hepatology. 2013 Nov;58(5):1667-80.)
僕たちがやっていたことは間違っていなかったのだと自分をなぐさめていますが、昨年、ちょっと悔しかった瞬間です。
この経験から、生存ストレスによって細胞が変化することはあると思っています。ただ、熱だとか、酸だとか、ストレスに呼応する細胞の変性を厳密にコントロールするのはかなりデリケートなものであることは間違いないと思います。
でも、もし著者らが、「STAP細胞は本当に存在する」のだと信じるのならば、堂々と主張していけばいいと思います。
研究の結果、間違っていたことが証明されるかもしれません。その時はその信念を捨てるしかありませんが、サイエンスにおいて、他人の意見で信念を曲げる必要はありません。
世界中の全ての人がその意見に異を唱えても、地球は太陽の周りを回っているのです。
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