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継承

祖父はかつて満州軍に属していた。

共に戦場で戦った、文字通りの「戦友」は絆が大変強いらしい。僕がまだ幼く、祖父が元気だった頃、同じ満州軍に属していた兵士とその家族の親睦会に僕は何度か連れて行かれた。記憶が確かなら、家族の中で連れて行かれたのはなぜか僕だけだ。

その会でのことだったと思う。祖父の昔話を聞かされたのは。

祖父は衛生兵だったと聞いたと気がするが、祖父が医療に関する技能を持っていたなんて話は全く聞いたことがない。間違いかも知れない。

だから、僕がこれから記す祖父の話も、もしかしたら事実とは随分かけ離れたものなのかもしれない。

満州国は建国理念として日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人による「五族協和」を掲げた。言葉は素晴しい。

ただ、「五族協和」と言ったって、僕が見聞きするレベルでは、この話は基本的には日本が中心と考えている。上から目線の話だ。だから、それも含めて侵略と受け止められた。実際そうだったのだろう。

「知の逆転」のインタービューに登場するノーム・チョムスキーによれば、歴史上、侵略者がなんらかの人道的な活動に従事していなかったためしは殆どないという。

でも多分、「五族協和」を本当に信じ、実践した人達もいた。多分、祖父とその戦友たちもそうだった。多分。

祖父は、皇帝溥儀の弟、溥傑の指揮する部隊に所属していた。先の親睦会では時々溥傑さんを招いて盛大な会が催されていた。この部隊にはそれぞれの民族により構成される五つの部隊があったらしい。

祖父は剣道をやっていた。随分腕自慢だったらしい。明剣神道流という流派の師範代だったとのこと。

「明剣」というのは、流派の創始者が明治天皇から剣を携わったことに始まる由緒正しい流派ということらしい。神道流というのは下総国(千葉県)香取神宮にゆかりのある流派で、日本の剣道史上,流派として最も古いものなのだそうだ。

また、祖父が奉納し、今でも近隣の住民ですす払いなどをしている実家近くの神社は香取神宮を勧請して建立されたものだ。今でも香取神宮から神主が何やら儀式をやりにくる。こんな事実も僕のおぼろげな記憶にリアリティを加えている。

祖父の流派は「明剣神道流」。

祖 父の戦友と称する老人の話によれば、血気盛んな祖父は、モンゴル族の兵隊に侮辱的な言動をした上官の片腕を切り落としてしまったそうだ。

この件で、祖母は ずいぶん大変だったらしいと母親が言っていた。そりゃまぁそうだろう。普通に考えても軍法会議とやらにかけられておかしくない話だ。しかし結局、その上官が悪かったことが明るみになり、祖父は大きくとがめられる事はなかったらしい。

この一件で祖父はモンゴル族の部隊から「バートレバクシー」と呼ばれるようになった。「バートレバクシー」とはモンゴル語で勇者を意味する言葉だそうだ。

僕 はモンゴル語なんて全然知らないし、この言葉が正しいかどうかも確かめていないのだけれど、少なくとも、僕にはこんな作り話を創作する力はない。とにか く、幼かった僕は親睦会に連れて行かれ、そんな話を聞かされていたのだった。多分その誇らしげな語り口が印象的だったのだろう。時々妙に鮮明に思い出され る。

その祖父は大戦後、行方不明となった。

残された家族は命からがら満州から引き上げて日本に帰ってきた。日本に帰国できたのは祖母、母、叔母の3人だった。母にはもっと兄弟がいたらしいが、幼子には厳しすぎる旅だったらしい。

祖父は、行方不明になって、誰もが戦死したと思っていた数年後、ひょっこり帰ってきた。シベリアに抑留されていたらしい。けれど、抑留時代のことについては終世話さなかった。

僕が幼い頃、祖父は毎晩のように、浴びるように酒を飲んでいた。そして毎晩のようにうなされて大声をあげていた。今から想像するに、昔の夢を見ていたのかも知れない。

その祖父は僕が高校生くらいのときに脳梗塞で半身不随になってしまった。タバコもやりたい放題だったし、今から考えればかなり塩分を摂っていたと思うから、動脈硬化性疾患のリスクは高かったと思う。

病気になった祖父は、戦友の方から剣道の防具を贈っていただいた。再び防具をつけて剣道ができる位まで回復するよう願いをこめてくださった。素人の僕が見ても刺繍の入った立派な防具だった。

残念ながらその防具が使用されることはなかった。祖父は僕が大学を卒業して数年たったころ、病院で亡くなった。

防具をくださった方は、棺に覆いかぶさるようにして祖父の名前を絶叫した。葬儀では、気が遠くなりそうになる位、長い詩吟を奉じてくださった方もおられた。改めて太い絆を感じた。

その後、防具のことが家族の間で話題に上る事はなかった。防具の存在は忘れられていった。

それから約20年の月日が過ぎた。

昨年、僕の長男が中学校に入学し、なぜか突然、剣道をやると言い出した。

「そう言えば、おじいさんの防具があったね」と、古い防具を実家の奥底から引っ張りだしてみると、祖父に贈られた防具は長男にはちょうど良いサイズだった。

今、長男は祖父の防具を使って剣道に励んでいる。まだまだ弱っちいらしいけれど、一年近くがたって、親バカの目からみると、彼の素振りをしている姿は大分サマになってきたように思える。そして、防具だけではない、何かが継承されているような気がしている。多分、そう思っているのは僕だけではない。

今日、1月28日は父の命日。僕は何を継承しているのだろう。そして何を遺せるのだろう。

この日、毎年のように考えている。

まだ答えは出ていない。

残念ながら、当分出そうもないように思う。

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