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構造と診断

構造と診断 ゼロからの診断学 」を読みました。病気における「診断」を「哲学」した本、そう思います。

一般に、医療において治療というのは診断をもとに計画されていくものです。

これこれこう言う病名です。その原因はこれこれで、このぐらい重症(軽症)です。

だから、治療方針としては原因療法としてこれこれ。病状が改善するまでの対症療法としてこれこれが必要になります。

みたいな感じで話を進めることができるのが望まれます。わかりやすいし、理にかなっているように感じます。

そうなると、その根本にある診断がしっかりしていなければ、話を先に進めることができないことになります。

でも、インフルエンザの診断に「インフルエンザウイルス」の検出は必須ではありません。

インフルエンザの検査が陰性(インフルエンザウイルスが見つからない)という結果でも、様々な診察結果などからインフルエンザと診断していいのです。

また、イロイロな病気で、病名が同じでも、患者さんごとに個性があります。細かく見れば見る程、検査結果には個性があって、ホントに同じでいいの?っというくらい違っていたりすることもあります。

じゃぁ、僕たちが目にする検査結果っていうのは何を意味するものなんだろう?

そんな診断って一体どんな意味を持つの?

そもそも正しい診断って、、、?

そんなことを延々と考え続けた本です。

オッカムのカミソリ、ダブルバインド、ゲーム理論など、他の領域で用いられる見方や考え方で臨床医学における「診断」を考えるとどういうことになるかが語られます。

この「診断」の話は最後にはワインのテイスティングと似ているというところに昇華してゆきます。

ワイン(酒)は好きなのですが、外国語が苦手なので、いつしか僕はワインをラーメンに置き換えて読んでいました。

「ラーメン」を「診断」するとします。

まず、「ラーメン」というカテゴリが存在します。目をつむって食べても、「そば」でも「うどん」でもなく、これは「ラーメン」だと「診断」できます。

けれど「ラーメン」というカテゴリを詳細にみてみると、そんなに単純均一ではありません。

そこには味噌ラーメン、醤油ラーメン、とんこつラーメン、つけ麺、様々なものがあります。それらは、タレ、出汁、麺、具などにより大まかに分類されています。

たとえ同じカテゴリに分類されても、ラーメンは作り手によって様々な味になります。同じ流れを汲むラーメンはあるかも知れませんが、決して同じではありません。

香り、こく、甘味、辛味、塩加減、脂濃さ、滑らかさ、舌触り、麺の太さ、形状、こし、喉ごしなど、様々な要因により、そのラーメンが特徴づけられます。

まぁ、ラーメンにかぎってはその診断(ラーメンの特徴)に基づいて、治療法(食べ方)が変わるなんてことは、あまりないと思います。 でも、僕らが普段やっている診断はそれに近いもののような気がします。

類似性を示す一例として「がん」の遺伝子診断が挙げられると思います。

がん(ラーメン)という病気が存在しています。そのイメージは多くの人が共有できるものです。その特徴は、さまざまな遺伝子(香り、こく、甘み、辛み、塩加減、脂濃さ、、、、、)の変化によって決定されると考えられています。

現在、僕たちはがん(ラーメン)を大まかに分類することができます。

そして技術の進歩により遺伝子(ラーメンの特徴)の変化を一つ一つ分離して語ることができるようになりました。

ある論文は膵臓がん(例えば旭川ラーメン)のK-rasという遺伝子(例えばダブルスープという手法)に特徴を見いだしました。別の論文では似たような特徴を大腸癌(例えば富山ブラックラーメン)のK-ras(ダブルスープ)に見いだすことができました。

一方全く別のグループは全身の様々な癌(例えば都内各所にあるラーメン屋)でp53という共通の遺伝子(例えばしょう油だれ)に特徴を発見し、がん=悪性腫瘍(ラーメン)の分類に使えるかもしれないと主張しています。

でも、ダブルスープ一つを抜き出して、ラーメン全体を語ることはできません。しょう油だれ一つを抜き出しても同様です。また、それぞれの特徴がランダムに提示されても、現実から遊離したラーメンのイメージにしかならないでしょう。

なので、がん(ラーメン)を特徴づけるタンパクや遺伝子発現など(特徴)を、全て一つ残らず並べあげ、全体的な特徴を明らかにし、そのなかで最も特徴的なものをピックアップして研究するのがいいんじゃないか。今の研究のはやりはそんな感じなのだろうと思います。

外国の人にラーメンの特徴を一つ一つ説明していって、「ラーメン」の全貌を理解してもらうのは大変な話です。分子生物学で癌の全貌を把握しようというのはこれと似た作業のように感じます。

がん(ラーメン)として見れば、その病気(料理)のイメージは明らかなのですが、遺伝子異常(特徴)だけを並べても病気(料理)のイメージがとらえきれない、、、そんな気がします。少なくとも今のところは。

そんな現状のなか、僕たちはがん(ラーメン)という病気(料理)を診断し、治療していかねばなりません。まずは得られた情報を積み重ねて情報を蓄積し、分類、整理し、自分たちに見えている病気の全体像を見失わないようにしながら、現実と突合してゆく作業が必要なのだと思います。

ラーメン食べながらそんな事を考えるているようでは、ほとんど職業病ですね。

でも大丈夫。実際にラーメンを前にすればもう、食欲の固まりと化してどんぶりにむしゃぶりついていますから。

「構造と診断」の話から相当脱線しました。本書では、もっともっとイロイロなことが、様々な切り口から深く語られています。

まぁ、そのなかで僕が強く感じたことを僕なりの解釈で語るとそんな感じです。

「病気」は「診断」という行為によって、一定の枠にはめ込まれます。

でもその実態は複数の要素を異なる割合で内包する、個性豊かな「病気たち」の集合体です。枠にはめ込むことも大切だけれども、はめ込もうとしすぎないこと、はめ込んだだけで安心しないことも大切なのだと思います。

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