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「キャパの十字架」。蛇足の感想。極めて優れた画像診断学の本ではないかと思いました。

キャパの十字架 」を読みました。

漫画で印象的な場面を表現するため、1コマに1ページを使うことがあります。本書は漫画ではありませんが同様にして始まります。

本書は全部で213段落から構成されていて、全ての段落に通し番号がついています。

最初のページでは1文で一段落が使用されます。

『ここに一枚の写真がある。』

見開きの次のページでは、「その写真」で次の段落が使用されます。その写真の題は「崩れ落ちる兵士」。

第3段落ではこの写真の説明がなされます。

『それは写真機というものが発明されて以来、最も有名になった写真の一枚でもある。中でも、写真が報道の主要な手段となってから発達した、いわゆるフォト・ジャーナリズムというジャンルにおいては、これ以上繰り返し印刷された写真はないように思われる。
 このスペイン戦争時に、共和国軍兵士が敵である反乱軍の銃弾に当たって倒れるところを撮ったとされる写真は、やがて崩壊するスペイン共和国の運命を予告するものとなり、実際に崩壊してからは、そのために戦った兵士たちの栄光と悲惨を象徴する写真となって世界中に広く流布されるようになった。
 とりわけ、それがアメリカの写真週刊誌<ライフ>に掲載されることで、世界への波及力は決定的なものになった。』

第4段落はまた1ページをつかって「崩れ落ちる兵士」が掲載された<ライフ>のページが印象的に提示されます。

そして第5段落に至って本書で解明すべき謎が提示されます。

『だが、この写真を撮ったとされるロバート・キャパは、それについて死ぬまで正確な説明をしようとはしなかった。そのため、この写真に関してはいくつもの謎が残される事になった。

これはいつのことなのか。
ここはどこなのか。
この人物は誰なのか。
これはどのような状況なのか。
それをどのように撮ったのか。

その謎をさらに深める事になったのは、この写真のネガが歴史の流れの中で散逸し、消えてしまったという理由にもよっていた。』

以下は本書を読んでのお楽しみです。

ロバート・キャパ。

僕でも名前を知ってる位、有名な報道写真家です。

そして

「崩れ落ちる兵士」

僕でも知ってる有名な報道写真です。

でも、そこにかような「謎」があるとは知りませんでした。

その報道写真が報道されている内容とは異なる状況を写したものだとしたら、それは報道における倫理の根幹に関わる問題となりかねません。

その意味では、この写真に疑義がもたれたとするならば、それを明らかにすることは大切なことだと言えます。筆者はそれを丹念な検討を積み重ねることで明らかにして行きます。

ただし、本書はいわゆる暴露本とは違います。筆者の文面には、キャパに対するあこがれと言うか、優しい気持ちがあふれています。

読み始めて途中で何度も答えが出たかに感じますが、さにあらず。広範な情報収集と、写真の詳細な観察から、自身の仮説に矛盾がないか、何度も検討を加えます。

タダの写真と思う事なかれ。

その観察は背景の雲、山脈、道路、生えている草の形や大きさ、相互の位置関係にまで及びます。写真からここまで多くの情報をえられるものなのかと、感心します。

それにより、当時同じ場所、同じ日に撮影された複数の写真の撮影順序を想定し、撮影された状況、カメラ、撮影者の位置を割り出していきます。

そして、最終的に導きだされた結論は僕の想像を遥かに超えるものでした。そして「十字架」の意味がわかってきます。

筆者の文体と相まって、最終章とそこに紹介される写真50、51、52は極めて切なく印象的です。

ここから先は蛇足の感想文です。僕は本書を同時に別の気持ちを持って読んでいました。

この本は極めて優れた画像診断学の本ではないかと。

僕たちも「写真」から真実を読み解こうと日々仕事をしています。僕たちが見る「写真」はX線写真、CT、MRI、超音波検査などの医療画像です。

僕たちは患者さんの体の中を直接見ることができません。患者さんの体の中から寄せられた「報道写真」がこれらの医療情報に相当します。

日を変えて撮影された様々な検査の画像を条件の違いや断面のずれなどを考慮に入れつつ評価し、患者さんの体の中でおこっていることを「想像(診断)」します。そして血液検査や診察所見などの情報も、その仮説で矛盾なく説明できるかどうかを検証します。

複数の仮説が成立しうるとき、患者さんの体におこる様々な事象を、説明するのに矛盾が最も少ない仮説が最も真実に近いはずです。

新たな情報が得られれば、同様に検証します。そしてその検証結果をもとに未来を予測し、治療、検査の方針を立てていくわけです。

一般的には診察の方が先立ったり、血液検査が先立ったり、順番はさまざまでしょうが、そういう作業を日々行っているわけです。

僕がまだ若かりし頃、

「ミクロのレベルの血液動態がここには反映されているはずなんだ。」

と腕組みして、血管造影写真と何時間もにらめっこをしていた先生の話を聞いたことがあります。日常業務のなかで、全ての画像にそこまでのこだわりを持つことは難しいですが、「本来そうあるべきだ」と言う姿勢を教えていただいたと思っています。

「崩れ落ちる兵士」の謎解きを読みながら、いつしかその先生の背中を追いかけているような気持ちになっていて、物語に自然に引き込まれていきました。

一枚の写真の大切さを改めて教えていただいた気がしています。

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