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「SOS! 500人を救え! ―3・11 石巻市立病院の5日間―」を読みました。

SOS!  500人を救え!  ―3・11 石巻市立病院の5日間― 」を読みました。東日本大震災がおこってから、石巻市立病院の方々が救出されるまでの記録です。

これだけ多くの人が、恐怖と不安の中、パニックに陥ることなく各人の役割を果たしたことがまずスゴいと思います。

東日本大震災後の日本人の行動における一般的なモラルの高さ多くのところで驚きと賞賛をもって語られました。その実例の一端がここでも示されていると思います。阪神淡路大震災の時も同様の賞賛がありました。

この倫理性の高さ、まとまりの良さが「日本を日本たらしめているもの」だろうと改めて感じました。

『災害は忘れた頃にやってくる』とは、明治の物理学者、寺田寅彦の言葉だと聞いたことがあります。

「忘れた頃にやってくる」のは、恐らく本当にそうなのでしょう。阪神淡路大震災を「忘れた」わけではなかったはずです。それでも、東日本大震災では、「不意をつかれた」ようにして、我が国は大きな打撃を受けました。

一方で、無意識のレベルでは、たしかに記憶されていたのだとも感じます。

始めに書いた「日本を日本たらしめているもの」は「忘れた頃にやってくる」災害を繰り返し経験してきたからではないかと僕は思うのです。

災害の多い日本で、その度に立ち直る中で多くの先達が同様の経験をしてきたのでしょう。その経験の積み重ねが無意識のうちに堆積し、僕たちにしみ込んでいる様な気がします。

世界から賞賛された日本人の行動はそういうところに根ざしているのではないでしょうか。

一方で、本書で明らかにされる、「想定外の状況に直面したときの指揮命令系統の硬直性」は僕たちのカルチャーの別の側面のように思いました。

救助のため、石巻市立病院を最初に訪れたのはDMATの矢野医師らでした。彼らに、与えられた任務は震災が起こったときに開腹手術中だった患者一名を搬送するというものでした。情報では、助けるべき被災者は一人のはずでした。

しかし、病院についてみると、入院中の患者150名を含む500名が、何の援助もないまま取り残されていました。災害緊急本部ではその状況が認識されていませんでした。

DMATは指示された任務のみを行います。各自がそれぞれの判断で動きすぎ、統制が失われた時、救命、救助の効率も落ちることになるのは容易に想像がつくところです。

一方、指示が適切であるためには、状況把握が適切でなければなりません。そうでなければ適切な指示は出ませんから。本部では、全体の趨勢は把握しやすいでしょうが、現場のことは間接的にしかわかりません。

この事例では、石巻市立病院の状況が全く認識されていませんでした。任務の通り、患者一人の搬送のみをおこなって、そのまま座視していれば、残りの人々は見捨てられたのと同様の状況となってしまいます。

おそらく同様の集団は他にもいたことでしょう。他の集団でどのような行動がなされ、結果がどうだったか分かりませんが、少なくとも、森安医師をはじめとする石巻市立病院にいた人々、矢野医師をはじめとするDMATの人たちは正しい行動をとりました。

救助を待つ間に亡くなったかたもおられる中、情報を本部にあげ、後方支援を受けながら、秩序を守り、ルール違反を犯すことなく、「壁」を正しい道で突破して、500人ほぼ全員の救助に成功しました。

こう言った事例を語り継ぎ、次への備えにつなげることはとても大切だと思います。けれど、全ての事例を「暗記」することに意味があるとは思いませんし、可能とも思いません。

様々な事例を語り、知り、想い、備えるなかで、僕たちの体にしみ込ませていくことが本当の意味で将来につながる災害に強い国民を作っていくのではないかと思いました。

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