_

関連

無料ブログはココログ

« ぬけさく | トップページ | 腫瘍倍加時間(ダブリングタイム:Tumor Doubling Time)計算機 »

今は昔のはなし

今は外来しかやっていませんが、昔むかし、僕が病棟で「受け持ち医」をやっていたときの話です。

登場する患者さんは、C型肝炎ウイルスに罹患しておらるC型慢性肝炎の男性です。お仕事は大学の先生。当時すでに、あとちょっとで引退されるくらいのお年だったはずです。噂では相当偉い人だと聞きましたが、そんなところをおくびにも出さない知的な紳士でした。

C型慢性肝炎は通常、何の治療もなしに治癒することはありません。そこで、この方に、C型肝炎ウイルス排除を目的として、インターフェロンを使った治療が行われることになりました。

この治療では、飲み薬を飲みながら週一回注射に通っていただきます。人によって大分差があるけれど、この治療は副作用がとても強いものです。しかもそれを半年から一年は続ける必要があります。つらすぎて、治療を最後まで完遂できない方もおられます。

残念ながら、この方は非常に強い副作用が出て、たった数回の注射で治療を断念せざるを得ませんでした。

断腸の思いでの治療中断です。

でも、その時、ウイルスは血液から検出されなくなっていました。そして半年経ってもウイルスは出てきませんでした。

大変運のいいことにたった数回の注射でウイルスを排除することに成功したのでした。ごくごくまれにではあるけれど、こういう方もいらっしゃいます。

今のところ、治療開始前にこのような方々を見分けることはできません。だからこそ、可能ならば、一度は試してみるものだ、そう思います。

めでたしめでたし。

の、はずでした。ところが、今度はこの方の肝臓に、なにやら「カゲ」が見えてきました。

画像検査で見てみると、肝臓に何やら勝手に増殖する、一群の細胞たちがいるようです。以前にはそのような「カゲ」は見えませんでした。

「カゲ」は体内に新たに出現し勝手に増えてきています。まるで別の生き物のようです。なので、こういう一群は「新生物」と呼ばれることがあります。

画像検査から想定される性質は「悪性」。だからそのようなものを「悪性新生物」と呼び、一般的な別名を「がん」といいます。

がんが生まれるメカニズムは様々語られています。

化学物質がその原因とされることがあります。これを化学発がん説といいます。日本の病理学者、山極勝三郎博士の偉大な業績です。また、放射線が原因とされることもあります。これを放射線発がん説といいます。ウイルスが原因とされる場合にはウイルス発がん説です。

今は誰も信じていないけれど、寄生虫ががんの原因とされたこともありました。これを寄生虫発がん説といいます。

笑ってはいけません。ヨハネス・フィビゲル博士は寄生虫発がん説で1926年にノーベル賞を受賞したのです。

繰り返すけれど、今では誰も信じていません。僕も、この説は誤りだと思います。

ただし、このことはフィビゲル博士、およびその業績を貶めるものではありませんのでご注意くださいね。

今、発がん仮説の中で最も勢いがあるのが炎症発がん説です。イロイロながんの原因がこれで説明されようとしています。肝臓がんもまたしかり。全ての発がんがこれで説明できるわけではないけれど、確かに炎症発がん説を用いると現実を良く説明できる場合が多いと思います。

炎症発がん説に基づくならば、長い間、「炎症」というストレスにさらされ、そのダメージが蓄積することが発がんの大きな原因となります。だからC型肝炎ウイルスを排除して、慢性炎症から解放することが発癌率の低下につながるはずです。実際そう言う報告は数多くあります。

けれど、各個人について語るならば、たとえウイルスを消すことに成功したとしても、それまでの間、肝炎によって受けてきた長年のダメージまで同時になくなるわけではありません。または、ウイルスを消したときにはすでに、目に見えない大きさの「がんの芽」があったのかも知れません。ですから、その方の発癌率は、ウイルスが排除されたとたん、突然下がるわけではありません。

ウイルスを消した後も、少なくとも当面の間は注意することが必要なのです。実際、ウイルスが消えてから10年経ってがんが見つかった患者さんもいます。そう言う症例報告はいくつもあります。

この話の患者さんも、同様にしてがんが出てきてしまったようです。入院して治療をする事になりました。

受け持ちは僕。

肝臓にできたがんに対する治療にはいろいろな選択肢があります。「がん」の種類、部位、性質、進行度、残りの肝臓の状態などによって最適と思われるものが選択されます。ここでその詳細を語ることはしませんが、この時はラジオ波焼灼術という治療が選択され、施行されました。

超音波検査装置で的(まと)となる「がん」を見ながら、そこにむかって特殊な針を刺し電磁波(ラジオ波)で焼いてしまおうという治療法です。

ところが。

治療後、効果判定の検査では全部焼ききれなていないようでした。言い訳になってしまうけれど、「的」は肺のすぐ近くでした。超音波は肺の空気で乱反射してしまい、画像をむすばなくなってしまいます。盲目的に針を刺して焼くわけにはいきません。針で肺を傷つけるわけにもいきません。

難しい場所だったとは思います。でもそれは言い訳にはなりません。日をあけてもう一回やり直しました。この「現代版針治療」の良い所は繰り返し治療が比較的容易なことです。開腹手術ではこうはいきません。

けれど、、、

二回目の治療後に行った効果判定でも、まだ十分とは言い切れませんでした。

大変申し訳なかったけれど、さらにもう一回させていただくことにしました。

ただ、今度は超音波ではなく、CTを使うことにしました。CTは空気の影響を受けず画像を作ることができます。そのかわり、画像を作るのに時間がかかります。超音波では、今針がどこにあるのかを、リアルタイムに確認しながら針を進められます。でもCTではそうはいきません。針を進めて写真をとって、それを見てまた針の位置を調整して、、、というやり方になってしまいます。

このため、CTの機械を長時間占有することになります。慣れない環境でありながら、時間的な制限もあります。CTは消化器内科専用ではありませんから。ですからCTを使った治療を全ての患者さんでやるわけにはいきません。でもこの時はやらないわけにはいかないと思いました。

三度目の正直。がんは大体焼けたと思いました。でも、後から見直すと、まだ生き残っているがん細胞がいるかもしれませんでした。

通常行っている画像でがんを診断する検査で細胞まで見えるわけではありません。癌は細胞の病気です。目に見えないほどの少数でもがん細胞が生き残っていれば再発してしまいます。だから、治療をするなら「のりしろ」を十分にとる位まで正常細胞まで含めて殺さないといけません。

その「のりしろ」が十分とは言えなかったのです。 せっかくウイルスが消えたんだし、もう少し、あとちょっとだけ治療を加えて確実なものにしたい。そう考えました。けれど、一緒にやっている先生が音(ね)を上げました。

「もう限界です。」

いつも柔和な先生のその言葉は重く響きました。悔しかったけれど、そうかもしれません。これ以上同じ治療を繰り返しても、安全性を確保しながら十分な治療効果を得るのは難しいかもしれません。それは認めざるを得ませんでした。

患者さんにも上記の内容、経過を全て説明しました。

その時、患者さんから慰めらていただきました。僕の顔がよほど苦しそうに見えたようです。

「わかりました。大丈夫ですよ。でも、出来の悪い論文ほど、手間がかかっていて可愛いんですよね。いろんな雑誌でおとされて、手直しをして、なかなかあきらめられなくて。そんなもんですよね。」

ご自身の体のことなのに、、、もう、なんと言っていいのか、言葉もありませんでした。良く覚えてはいないのですが、頭を下げるしかなかったような気がします。

その後、幸いにして、その患者さんの、そのがんは再発することもなく経過しました。治療経過としては最悪だったけれど、積極的に治療させていただいて良かったと思っています。

この方の場合、インターフェロン、ラジオ波と、二回の治療経過の中で、たまたま、どちらも結果が良かったけれど、全ての方で良い結果が得られるわけではありません。

こちらが「出来の良い論文」だと思っていても、結果がそうでないことだってあります。残念ながら。感情的にはこれもかなり苦しいものです。

それでも自分が仕事を続けていられるのは、それぞれの患者さんとの関わり合いのおかげだと思っています。

「人との間」をいかに構築するのかによって「人間」の形が出来上がっていくような気がします。

医者としての人間形成も、そうしてなされるものなのではないでしょうか。自分の少ない経験からですが、未熟な僕にはそう思えてなりません。

« ぬけさく | トップページ | 腫瘍倍加時間(ダブリングタイム:Tumor Doubling Time)計算機 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 今は昔のはなし:

« ぬけさく | トップページ | 腫瘍倍加時間(ダブリングタイム:Tumor Doubling Time)計算機 »