今日はシモの話ですので、できれば食事と関係ないときにお読みください。
長期休暇中に家族旅行に行ったときの話です。
旅行は、駅レンタカーで車を借り、ドライブしながら各地をまわるというものでした。
その旅行の丁度中頃にさしかかった日、夕方から急に体の調子が悪くなってきました。軽い寒気と同時に軽い吐き気を感じます。豪華な夕食はほとんど食べられませんでした。普段なら鼻息荒くムシャムシャと食べていそうな肉中心のメニューであったのに、その日だけはその匂いがツラく感じられます。
宿にもどると、夜中には嘔吐が始まりました。胃の中が空っぽになると吐き気は治まりました。
何が悪かったんだろう、、、夕食、食べるんじゃなかったなぁ、、、。
と思いながらうがいをし、軽く水を飲んで床に入りました。
すると今度は下痢です。明け方まで、6ー7回はトイレに駆け込んだと思います。
水の様な排便と便意が延々と続きます。腹痛はほとんどなく、腹部の不快感が主症状です。軽い頭痛はありますが、強くはありません。さきほどまでの吐き気もごくごく軽度です。
やっぱり、一番の症状は下痢。
脱水になってはいけないと、枕元にペットボトルを置いて、ひとなめひとなめ、気がつくたび、水分補給に勤めました。自分的には口から点滴しているイメージ。がぶ飲みして、先ほどのように吐いてしまっては逆効果です。
この時点で僕の自己診断は「旅行者下痢症」でした。
旅行者下痢症とは、読んで字のごとく、旅行に行った時に「お腹をこわしてしまう」病気のことです。原因として、以下のようなものが考えられます。
1)硬水、軟水など、飲料水中のミネラル成分の違い
2)スパイスや食材の違い
3)発酵食品等の「菌」の違い
4)生活環境下における常在菌の違い
5)環境の変化による緊張に起因する自律神経失調
6)ウイルス、細菌、寄生虫など、普段接することのない病原体による感染症
昔から「水が合わない」なんて表現がありますが、この旅行者下痢症などはまさに、「水が合わない」ことによって発症することもあるわけです。
多くの場合、特別の治療を要することなく数日で軽快しますが、6)の原因となる病原体によっては重症化したり、帰ってから、新たな流行のもととなったりすることがあるので注意が必要です。
英語ではかなり失礼な言い方もあって、
Mexcan's two step (メキシコに二歩足を踏み入れると下痢になってしまう)
なんて表現があると聞いたことがあります。
また、古くは、太平洋戦争後、日本に駐留した米軍の間で発症した旅行者下痢症は
Hirohito's revenge (裕仁(昭和天皇)の復讐)
と呼ばれたとも聞きました。(真偽のほどはわかりませんが)
まぁ、そんなことを頭に思いながら明け方までトイレと寝床を往復していたわけです。
翌朝、症状はやや軽くなったものの、下腹部の不快感は変わりません。軽い頭痛ものこっていました。
特に下痢症状は実際的な問題を引き起こしました。なにしろ、ドライブが基本の旅程です。下痢を止めないことには旅程をこなせません。
宿をチェックアウトするまで様子をみましたが、ダメです。僕たちは宿を出て、最初に見つけた道路沿いの薬局に駆け込みました。
いわゆるチェーンのドラッグストアではない、個人経営の薬局のようでした。
店に入ると、入り口にはホカロンとか、安売りの商品がかごにもられています。その奥は、狭い通路が左右に一つずつあってその両壁に商品が並んでいます。
左側の通路は主に化粧品や石けん、洗剤などが並んでいるようでした。右側の通路にはバンドエイド、サポーター、栄養剤などが並んでいます。右側の通路を選び薬剤を見ていきますが、僕の求める薬はありませんでした。
一番奥まで行くと、レジのあるガラス張りのカウンターがあります。そのカウンターと、カウンター越しの棚に、解熱剤、風邪薬などが並んでいます。いわゆる薬らしい「薬」はここにあつめられているようでした。
ふと見ると、そこには白衣をまとい、黒ぶちのメガネをかけた初老のオジサンが静かにたたずみ、こちらを見ていました。
なるほど。「薬」はこのオジサンと相談して買うわけね。
僕:「あのう、下痢止めが欲しいんですが。」
オジサン:「どんな症状ですか?」
僕:「昨晩から下痢が続いているんです。あとちょっと寒気と頭痛もあるのでその薬も欲しいです。」
オジサン:「それはカゼですね。」
???
僕:「いやあの、一番ツラいのは下痢なんですけど。」
オジサン:「完全なカゼです。」
と、総合感冒薬が差し出されました。
僕:「いや、咳は出ないし、喉も痛くないし、鼻水もありません。完全に違うと思うんです。僕は、下痢を止めたいんですけど。」
(僕、一応消化器内科医のつもりだし、、、)
オジサン:「下痢は止めない方がいいんです。菌が出て行きませんから。」
僕も確かにそういう説明をすることがあるなぁ、、、と思いつつ、食い下がります。
僕:「それはわかりますが、朝から何回もトイレに行っていて、生活に支障を来してるんですが。」
オジサン:「じゃぁ、この薬か、この薬があります。こっちは整腸剤。下痢も便秘も良くなる。こっちは下痢止め。」
僕:「下痢止めを下さい。あと頭痛薬も欲しいのですが、、、」
この辺まで来るとオジサンもかなり投げやりな感じがしてきます。
オジサン:「これがいいでしょうね。新製品だから。」
こちらも疲労を隠せず、
僕:「そうですね。それを下さい。」
めまいも起こしそうになりましたが、なんとか目的の薬を手に入れることができました。そして、
「自分も診療をしていて、同じようなことをしているかもしれないなぁ。」
と思いながら薬を飲んだのでした。
自覚症状があって病院を受診する時、今回の僕がそうであったように、患者さんは自分の病気に対してあてある程度の解釈をし、一定の医療(検査、投薬)を期待しているはずです。
一方、医者の「診たて」はその解釈や期待と異なるかもしれません。すると、そこで提供される医療は期待とは全く別のものとなります。
今回、僕は食い下がって目的の商品を手に入れることができましたが、医療の現場では、患者さんがそれをすることが難しい状況もあることは容易に想像できます。そうした状況下で、納得できない医療を受ける患者さんは不幸です。
患者さんが診断、治療の方針に納得できない場合には、ボタンのかけ直しをきちんとやって、患者さんに納得して医療を受けていただくことが、治療継続と病状改善に結びつくのだと思います。
気をつけようと思うと同時に、「ボタンのかけ違い」が明らかとなったとき、お互いに忌憚のない意見をいつでも言える雰囲気を作らねばならないと改めて思いました。
その後、幸いにして、僕の「旅行者下痢症」は改善の一途をたどりました。昼食はちょっとセーブしたものの、夕食はとても美味しく楽しむことができました。
オジサンの薬が効いたのかもしれませんね。感謝。
« イカの神経 ヒトの脳みそ | トップページ | 「SOS! 500人を救え! ―3・11 石巻市立病院の5日間―」を読みました。 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 青春時代(2024.01.20)
- 早くも1週間(2024.01.08)
- 謹賀新年(2024.01.01)
- 気がついたらもう6月(2023.06.01)
- 新年 明けまして おめでとうございます(2023.01.01)
「医学 医療」カテゴリの記事
- 海の見える病院(2024.02.03)
- 4月20日感染制御の日(2022.04.21)
- 医療連携について(2022.02.12)
- 予期せぬ瞬間 医療の不完全さは乗り越えられるか(2019.11.07)
- 背中(2019.05.25)
« イカの神経 ヒトの脳みそ | トップページ | 「SOS! 500人を救え! ―3・11 石巻市立病院の5日間―」を読みました。 »
コメント