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腫瘍倍加時間(Tumor Doubling Time)の伝説

口数の少ない、大変まじめなN先生という方がおられました。

僕が研修をしていた病院の外科の先生で、昨年亡くなったO名誉教授の同級生でした。

そのO名誉教授が教授をされていた頃、僕たちの病院においでいただいたことがありました。

教授回診後、N先生もご一緒していただいて食事会が開かれました。その時のO名誉教授の談によれば、N先生は、周囲がねたむほど、秀才の名を欲しいままにした方だったそうです。語学にも堪能で、英語、ドイツ語は自由に操れるとのこと。確か当時、60歳をすぎておられたと思いますが、ギリシャ語を勉強しているとおっしゃっていたように記憶しています。

(間違いかもしれませんが、僕の中の『伝説』ではそう言うことになっています。)

N先生ご自身は、有名な中山恒明先生の直弟子でしたが、その中山先生から怒られた話を懐かしそうに披露されていたと記憶しています。

(僕はと言えば、若造のくせに出しゃばってO名誉教授に軽く叱責され、先輩の大爆笑を買っていました。)

秀才のN先生は、手術以外に、超音波検査もとてもお上手でした。僕も時々自分の診療する患者さんを見ていただいたことがありました。

当時の検査所見はカーボンで複写になっている紙への手書きです。N先生の超音波所見は、これが教科書でなければ芸術と言うしかない、そう思わせるほど、美しい詳細なスケッチと、カリグラフィーかと見まがうほどの書体で書き上げられました。ときにドイツ語まじりで、大変格式高い空気を漂わせていました。

今から考えても、僕の稚拙な文字やスケッチによるレポートとは幼稚園児と美大生ほどの差がありました。

(20年経った今もその差は全く埋まっていません。悲しいことに。)

そんなN先生、僕の中では、普段から修行をされているような、厳しいお顔をされていた印象があります。口数少なく、自己を律するような美しい筆跡のイメージもあいまってのことかと思いますが、書や水墨画をたしなむ武芸者の様なイメージです。例えて言うなら宮本武蔵。

(過剰な表現かもしれませんが、もう、僕の頭の中では『伝説』になっているのでご容赦ください。)

でも、N先生からおこられた記憶はありません。それどころか優しくいろいろ教えて下さいました。話し始めると、柔和な笑顔を浮かべつつ、いろいろ教えて下さいます。N先生は人間の体、病気に強い好奇心をお持ちでした。

N先生は若かりし頃、ドイツに留学されていたとのことでした。留学先の先生の名前は申し訳ないことに失念してしまいました。留学時代のお話をうかがったことがありました。

留学先の研究室は化学物質による発がんを専門とされている教室とのことでした。N先生のお師匠さんは、化学物質の構造式を見るとその物質の発がん性がわかっちゃうのだそうです。そして、その化学物質を投与して動物に癌を作り、様々な計測手法を用いてその癌の大きくなるスピードを測定したそうです。

そのスピードの指標として教えていただいたのが「腫瘍倍加時間(Tumor Doubling Time)」でした。

『全てのがん細胞同じ速度で分裂するのなら、腫瘍細胞の数が倍になる時間は常に一定のはずである。』

その『一定のはず』の『時間』を「腫瘍倍加時間(Tumor Doubling Time)」と呼びます。

実際、N先生はある患者さんの腫瘍マーカーの数値が、対数グラフの上で直線上にきれいにならぶのを見せて下さいました。このグラフは、その方の腫瘍倍加時間が一定であることを示しています。

で、こんなふうに教わりました。

悪性腫瘍では、転移、浸潤(周りへの広がり)、発育速度などが患者さんの予後を左右します。このうち、転移は最も予後を左右する因子ですが、転移の成立には標的臓器で腫瘍細胞が増殖する必要があります。浸潤する(周りに広がる)ときにも腫瘍細胞の増殖が必要です。だから腫瘍そのものの発育速度だけでなく、腫瘍細胞の増殖能力を把握することは大切なのです。

その時、僕の目の前で、クロードベルナールの名著『実験医学序説』的な世界が展開されているように感じられました。

N先生は、僕が臨床医としての道を歩み始めたころ、「医学」を現場で感じさせていただいた先生で、大変感謝しています。O名誉教授のご葬儀の際に遠くからお見かけしましたが、お礼を申し述べる機会とできなかったのが残念でした。

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