5.現実と理想の狭間で ●終末期の判断とQOL
治らないがんであるとの診断、あるいは終末期との診断は、ある程度の経験を持つ医者ならば、それほど困難なことではない。しかし、医療の進歩によりこの診断基準も変化することを知っておかねばならない。
睾丸腫瘍が良い例である。昔はとても治らないと思われていた進行睾丸腫瘍例の5年生存率は、シスプラチンを中心とした集学的治療方法の開発により、最近では50%を超えている。制がん剤療法の進歩により治らないがんが治るようになった例は、悪性リンパ腫、白血病などほかにもある。今後も、終末期がんとして対症療法に終始するか、積極的な治療を行うかの診断基準は時代とともに変化する可能性はある。多くのがん研究者は、がんの撲滅を目標に日夜研究に励んでいるのである。
終末期状態にある患者さんも、いろいろな合併症を併発する。肝細胞がんの患者さんでは食道静脈瘤破裂による吐下血、胃の幽門がんの閉塞による嘔吐、子宮がんや直腸がんによる尿閉や腸閉塞、大きな気管支に浸潤した肺がんによる窒息状態等々である。ターミナル・ケアに当たる医師も、これらの病態にどのように対応するかは、患者さんの全身状態ばかりではなく応用可能な医療技術とその効果を熟知した上で決められなければならない高度の判断が求められる。新しい医療技術の導入も必要である。気道内に突出している腫瘍をレーザー光線で照焼すると、呼吸困難は見事に消退する。
表10は進行(再発)子宮頸部がんの患者さんにみられた腸閉塞や尿閉に対する人工肛門造設術や尿路変更術の効果を示している。国立がんセンター中央病院婦人科近江和夫先生のデータである。術後生存日数の中央値は159日と125日であったが、いずれの治療群においても生存日数の分布幅は著しく大きかった。進行(再発)子宮頸部がんの患者さんに対するこれら外科的対症療法の効果は、手術時における患者さんの状態に大きく依存していることがわかる。術後早期の死亡例などでは、無意味な手術をしたことになるし、長期生存例では意義ある治療法を選択したことになる。
すなわち、進行がん患者に見られる外科的合併症の治療は、患者さんの生存期間ばかりではなくQOLにも関係する。純医学的な判断とケアの立場からの判断が調和をもって下されることによって、患者さんのQOLは向上する。
*岡崎伸生、他:ターミナルケアの現状と問題点、代謝、21(臨時増刊号、癌’84):191、1984.
表10 進行・再発子宮頸部がん患者に対する対症的外科療法と予後
治療方法 症例数(人) 生存日数(日) 中央値(日)
人工肛門造設術 119 1〜2108 159
尿路変更術 124 10〜1519 125
近江和夫:国立がんセンター病院婦人科1962年〜80年の症例
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