6.患者さんの死から学ぶ 1
N婦人は大阪の大学病院で大腸がんの手術を受けた。その後がんは肝臓に転移をし、制がん剤療法が始められたが、千葉県下に転居されたため我々の病院を自ら選んで来院された。大阪の主治医(外科)からは東京の大学病院を勧められたという。病状はほぼ正確に理解しておられた。何時も一人で来院し、病状の説明も自分にして欲しいと静かに求めていた。肝転移巣は肝臓の右葉の大部分を占める巨大なものであったが、検査後肝切除術が最良の方法であろうと手術を受けることを勧め、外科に紹介した。69歳の敬虔なクリスチャンであった。
肝切除術を受けてから約2年後に、肺臓と肝臓の転移のために終末期を迎えることとなり、私が再び主治医になった。主治医がかわった挨拶に病室を訪れると、私とはあまり接触のなかった肝切除術後の生活、特にバチカンを訪問したこと等を楽しそうに話された後、「この2年間をありがとうございました。厚かましいお願いですが今後は静かに送らせて下さい。機械など要りません」と希望された。床頭台にはマリアの像が置かれていた。今度は終末期にあることを感じて、人工呼吸装置の装着等を穏やかに拒否されたのであった。小柄な気品あふれる婦人で、終始冷静であったことが強く印象に残っている。全身衰弱と呼吸不全で静かに亡くなられた。71歳であった。
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