温故知新
最近読んだ本「僕の死に方」のはじめの方に、著者の金子哲雄さん診療を嫌がる医者たちが登場します。
治療法を求め、藁をもすがるような気持ちだったであろうに、門前払いもされたとのこと。
金子さんは深く傷つけられました。
そのことについて、具体的なコメントをするつもりはありません。「門前払いをした医者」の側からの話も聞かなくてはフェアではありませんし、金子さんが想像した、「医者が自分を門前払いした理由」にも全面的には賛成しかねるからです。
ただ、たとえ誤解があったとしても、医者の言動により、患者さんが傷ついたことは確かです。
あくまで個人的な印象ですが、一般論として、その様な局面は、かつてより増えているように思います。
その背景の一つに、医療の考え方がパターナリズムからパートナーイズムに変化してきたことがあげられると僕は思っています。
ざっくり言えば、親が子に接する様に医者が患者さんに対する、というのがパターナリズム。この時、医者も患者さんも相手を選ぶことはできません。そこから逃げることもできません。と、言うか、恐らく、発想の中にありません。それがパターナリズムの考え方。
最近は患者さんの権利が見直され、パートナーイズムによる医療が推奨されます。インフォームドコンセントなんて言うのも、その流れの一つとして理解されます。
互いに相手がパートナーであるなら、互いの立場は対等です。互いに相手を選ぶのも自由です。
元来、患者さんが医者を選ぶのは自由なはずですが、それが権利として、より保証されるようになりました。この関係を突き詰めるなら、医者の側も自分ができることの開示が大切になります。それによって患者さんが適切なパートナーを選べるようになるからです。
でもこれはネガティブな側面も持つと、僕は思います。悪く言うと逃げ道として使えるのです。
そんな側面が象徴的に現れやすいのが病名告知だと思います。
病名を告知することによって、「この病気はあなたの問題です。」「私にできるのはここまで。」と、問題を患者さんに簡単に丸投げできるようになりました。やろうと思えば。告知しない時代にはできなかったことです。多分。
ネガティブな情報を提供するのは難しいものです。何でも引き受けるのがイイとは思いませんが、他人事として丸投げするのもどうかと思います。
そう思った時、告知しなかった時代の医者たちがどう考えてがん診療にあたっていたのかを知ることは、大切な意味を持つような気がします。パターナリズムの考え方に立てば、丸投げなんてあり得ないはずです。
僕の父親は肝臓がんの診療を専門として、ターミナルケアにもかなりの力を注いでいました。
今から四半世紀以上前の話です。当時のターミナルケアは今とは全然違うものでした。
父親が医者として教育されたころは、診断技術も、治療技術も今とはぜんぜん違いました。「がん=死」というイメージが極めて明確でした。
そこでとられた方針は「がんは告知するべからず」。父は医者としてそう教育されました。
そう教育した医者には自分ががんに罹患したとき、「がんを知らない患者」になろうとした方もおられたようです。
父親はそのことに疑問を持つようになりました。そして次第に「がんは告知すべし」という考え方にかわっていきました。
その変遷は父親が生前に遺した「なるがままのターミナルケア」という手記に記されています。これは、1995年頃、雑誌「診療と新薬」に掲載されたものです。
今日、1月28日は父親の命日です。僕にとって毎年この日は、自分の来し方、行く末を考える日になっています。
自分の来し方を確認するため、久々に父親の遺稿集に目を通してみました。
そこにあったのは、「歴史」でした。でも、同時に、医療には変わらぬものがあるのだとも感じました。
そして、温故知新の意味を込め、ネット上でシェアしてもいいかもしれないと思い、今日、『”父の遺稿”「なるがままのターミナルケア」がん診療35年の経験』というカテゴリーにまとめて公開しました。一冊をそのまま公開しても読みづらいと思ったので、僕の判断で適宜分割してあります。目次はこちらです。
特に、若いドクターの参考になることがあれば、父親も喜ぶことと思います。
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