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4.1981年頃からのターミナル・ケア ●進行がん患者に対する「がん告知」の評価4

 3)告知後の療養生活の観察

 1987年日本癌学会総会の会長であった国立がんセンター総長杉村隆先生は、ワークショップの課題に「終末期がん患者の心理対策およびがん性疼痛の治療」を採用された。日本癌学会でターミナル・ケアが主要課題として取り上げられたのは初めてのことであった。私は、常々気になっていたことであったが、病名を知っていることが、がん患者さんの死亡直前にみられる極度の鬱状態など精神神経症状の原因になるか否かを検討して報告した。病名を知っているがために、死の苦痛に対する不安が増幅され、精神神経症状となって現れる可能性は否定できないと考えていたからである。

 対象は1983年1月から1987年7月までの4年6カ月間に国立がんセンター消化器内科病棟で死亡した65名である。すべて私が主治医として診療にあたった患者さんである。先にも述べたように、原則として病名は本人が希望し、家族が同意した患者さんに告知された。告知を受けた患者さんは27名、告知のできなかった患者さんは38名であった。両群間に年齢、性別、対象患者の疾患名と病期の大きな差はなかった。

 この研究においては、死の直前に認められる極度の鬱状態、人格の荒廃を疑わせる興奮状態、羞恥心を失った幼児的な言動などを総称して精神神経症状とした。この精神神経症状と疼痛との出現頻度を告知群と無告知群とで比較した。

 表5に見られるように両者の出現頻度に、推計学的な差はなかったが、疼痛、精神神経症状ともに、病名無告知群のほうが高頻度であった。すなわち、進行がんの患者さんに対するがん告知が「死に行く患者に無用の精神的負荷を加重する」との認識は、必ずしも正しくないことを示している。

 最も精神神経症状の出現頻度の高かったのは、疼痛のある病名無告知群で(表6)、先にも述べた通り、進行性に苦痛の強まりつつある現状を十分に理解できない状況が、一番患者の精神的負担となるものと推定される。終末期の患者さんに見られる精神神経症状の原因については、別な立場からの検討も必要であろう。

 この65例について、がんの告知が終末期がん患者のquality of life(QOL)にどのような影響を与えていたかを検討する目的で、がんの告知から死亡するまでの患者の療養生活を調べた(表7)。病名無告知群の大部分(89%)の患者さんは、死亡まで治癒を期待しながら闘病生活を続けていたのに対し、病名告知群の患者さんの37%は闘病生活と同時に仕事も続け、さらに22%の患者さんは、遺産相続の問題など残す家族の生活の設計にも参画していた。病名告知群で闘病生活にのみ終始した患者さんは、終末期で重症な病態になってからの告知例であった。すなわち、表7は病名告知により残された貴重な時間を、患者は自分自身のために確保することができたことを示している。

 以上の成績は、がんである病名ばかりではなく、死が避けられない病態にある自分を知った患者さんも、精神的に安定し、QOLの高い療養生活を送ることができることを示している。ここでも「癌の告知が死に行く患者に無用の精神的負荷を加重する」との認識は改めなければならないことが示された。
*岡崎伸生、他:終末期癌患者に対する病名告知の精神的影響に関する研究、癌の臨床、35:331、1989.

表5 病名告知と終末期における精神神経症状と疼痛の出現頻度
病名告知 症例数 精神神経症状  疼痛
あり   27   6(22%) 10(37%)
なし   38  12(32%) 18(47%)
合計   65  18(28%) 28(43%)
病名告知の有無による有意差なし
表6 疼痛を訴えた28症例における病名告知と終末期
病名告知 症例数 終末期精神神経症状を示した症例
あり   10    3(30%)
なし   18   10(56%)
合計   28   13(46%)
表7 病名告知と終末期の療養生活
病名告知      あり      なし
仕事を継続     10(37%)  4(11%)
残す家族への配慮   6(22%)  
闘病のみ      11(41%) 34(89%)
合計        27      38

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