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今回のことをきっかけに、科学報道の質を高めて欲しい

 このブログでは出来るだけネガティブなことは書かないようにしています。ネガティブな言説が建設的になりうることは少ないと思っているから。

 ただ、今回はちょっと、どうにもひどすぎるので、、、、。

 今回のiPS細胞臨床応用虚偽発表の事件は、レベルの低いマスコミが勝手に作り上げた『大事件』、『大誤報』であって、大きく報道するに値しない事件だと思います。

 間違った報道をしたマスコミ各社は

『責任を取って今後も原因を明らかにして参ります。』

なんてコメントを発表しています。

 一方、某氏からの売り込みをされたにもかかわらず、今回報道しなかった各社は

「疑わしいので報道しなかった」

 と胸を撫で下ろす記事ばかり。そして過去に掲載した記事について言い訳を述べ立てます。

 例えば、日本経済新聞は

「森口氏から示された2件の研究成果のうちC型肝炎の治療法に関する研究成果については既に論文が米肝臓学会誌に10年1月に発表されていたことなどを踏まえ、森口氏と医科歯科大の共同研究の成果として報じました。」(リンクはこちら

と書いていますが、該当する「論文」はみあたりません。Pub Medというデータベースで検索すると次のようなものが見つかりました。

Hepatology. 2010 Jan;51(1):344-5; author reply 345.
New translational research on novel drugs for hepatitis C virus 1b infection by using a replicon system and human induced pluripotent stem cells.

 表題と、掲載時期を考えると、日本経済新聞が『論文』と言っているのはこれのことと思われます。

 たしかにPubMedは論文のデータベースです。しかし、これは「論文」ではありません。

Hepatology. 2009 Jul;50(1):6-16.
Statins potentiate the in vitro anti-hepatitis C virus activity of selective hepatitis C virus inhibitors and delay or prevent resistance development.

と言う論文に対する「コメント」です。

 赤字にしたのはページ数。これを見ただけでも違うのは一目瞭然です。

 「コメント」ですから、そのコメントに対する、もとの論文の著者たちから返事もついています。下線を引いた『author reply 345』というのがそれ。

 発表に対するディスカッション的なものにきわめて近い。「コメント」なので内容の抄録はなく、データベースには題のみが収載されています。

 彼の『論文』とされるものの殆どがこの類いのものです。繰り返しますが、まともな研究者であれば、これらを『論文』と呼ぶことはありません。

 某氏はこのようなものも、マスコミが『論文』として扱ってくれることを知って効果的に利用したわけです。

 この記事をみると、彼はiPS細胞を用いてC型肝炎の研究もやっていたと報道されていたようです。でも僕は、聞いたことがありませんでした。まぁ、僕の名前を聞いたことがある研究者も多くはないでしょうから、エラそうな事は言えませんが、、、、。

 でも少なくとも、彼がマスコミにアピールしていたような目覚ましい業績を、本当にあげているなら、もっと学会の中央で注目されるでしょう。彼の「コメント」の表題にあるiPS細胞だって、replicon systemだって、とても高度な技術です。信憑性が高いとなれば、もっとみんな注目すると思います。

 Stem Cell研究の第一人者の一人である東京大学の中内啓光教授は、「今週になるまで彼の名前を聞いたことがなかった。」とNature誌に語っています。( リンクはこちら )

 つまり、少なくとも、健全な学術活動をしているヒトの目に触れるような形で彼が存在していたわけではないと思うのです。

 恐らく、彼がそのまま存在していても、科学研究の進歩に影響を与えることはなかったと、僕は思います。

 影響を与えるようなところに出てきた時点で、(それが今回だったのかもしれませんが、)粛々とアカデミアから退場させられて、それで終わりになるべき話です。

 つまり今回の事件は、アカデミズムの健全なる自浄作用によって解決されるべきだし、解決しうる問題だと考えます。

 実際、某氏のポスターは、ハーバード大学から疑義申し立てがなされ、学会主催者によって撤去されたというではないですか。

『身分詐称ではない本当の「教授」が、まともな「論文」のなかでデータを偽り発表した。その捏造論文を根拠に多額の研究費を獲得していた。』

というような、事件とはレベルが違います。彼は研究費によって雇われているヒトです。

 彼が国の大きな研究費が投じられている研究に参加していたから『調べる』ことになるようです。調べることは大切だと思います。ただ、その研究計画のなかで彼が主導的役割を果たしてはいないと想像します。

 それなのに、大新聞が特ダネとして大々的に報道するから、大臣やノーベル賞受賞者がコメントを求められたりするのです。まったくもってムダだと思います。これにより研究が停滞することはないと思いますが、そんなことでもあれば、それは全て、騒ぎ立てたマスコミの責任だと思うのです。被害者は研究者であり、国民であり、研究の進歩、成果を待ち望む患者さん方です。

誤りを報じたマスコミは、「なぜそのような報道をしてしまったのか」ということの「調査」してまた報道します。

僕の目には言い訳を探しているようにしか見えません。少なくともそこから、同様の誤報を防ぐための具体策が見えてくるとは思えません。

そんなことでエネルギーを費やさないでいただきたい。そんなことをしなくても、次の二つで再発は極めて高い確率で抑止されると思います。

常々思ってきたことですが、マスコミ各社には、特に科学報道に関して、これをお願いしたい。

1)元情報へ簡単にアクセスできるようにすること。

科学的な発見、進歩は人類共通の財産です。誰もが共有できるものです。だからこそ、興味を持ったヒトが簡単にもとの情報にアクセスできるようにすることが大切だと思います。今は多くのマスコミ記事が、せいぜい『○月○日付の英科学誌ネイチャー電子版に掲載された。』なんていう記載のみです。リンクが張られていることはとてもまれです。

先ほど、日本経済新聞の引用をしましたが、そこでも彼らの言う『論文』というのを探すために、内容と2010年1月の米国肝臓学会誌を手がかりに調べていかねばなりませんでした。

「論文」として報道するのであれば、その内容はインターネット上に公表されているはずです。報道に値するような一流誌であればなおのことです。記事の元となった「論文」そのもの、少なくともその抄録へのリンクを公表していただきたい。いまのままの記事では、情報源を隠しているかのようにさえ見えます。

記事の信憑性を読者が容易に検証できるようにすることが、記事の信頼性も高めることになります。

2)記事を書いた記者の名前を明らかにすること。そしてその記者の書いた記事を一覧表示し、読めるようにすること。

 僕は匿名性が記事の質向上の妨げになっていると思います。

 少なくとも、自然科学の分野で仕事をしている人たちは、自分の仕事をするときに「大学名」で論文発表などしません。自分の名前で発表します。

 そしてそこに虚偽が疑われれば、それを説明する義務が生じます。それができなければ、学問の世界で生きていくことは難しくなります。その人の言うことは信じてもらえなくなるからです。

 そう言う覚悟を持って発表しているデータを報道するのですから、報道する記者も「○○新聞」なんていう看板を隠れ蓑にせず、自分の名前で記事を書いていただきたい。

 そしてその記者の書いた記事が、インターネット上で一覧表示されるようにしていただきたい。

 そうすれば、もうちょっと慎重に取材をし、慎重に記事を書くようになり、科学報道の質が向上するのではないでしょうか。

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