ティラノサウルスの化石の中から血管や細胞(らしき構造)が見つかっていたなんて知らなかった
『化石の分子生物学――生命進化の謎を解く (講談社現代新書) 』を読みました。最近、現役研究者によるサイエンス系の出版が増えてきたように思います。
本書もそうした流れの一冊です。映画「ジュラシックパーク」に大興奮していた頃、最先端の科学の世界でも、そう言った研究がリアルになされていました。そんな話を披露してもらえ、ワクワクしながら読みました。
DNA解析は現代の犯罪捜査などに用いられます。数時間どころか数年前のDNAも解析できます。じつは、弥生時代の人骨や縄文時代の人骨からDNA解析らしいのです。スゴい。
DNAって安定なんですねぇ。
ってことは、どの位前まで解析に使えるのかしらん???化石の中にある古代のDNAや蛋白質を解析できれば本当にスゴいことになりますね。そこに夢を抱き、挑戦をした人々の話と成果が紹介されます。ネガティブな結果も含めて。
本職の人が書くだけあって、真面目に細かい所までしっかりと説明されています。特に、実験の理論や方法など、キモと思われるような部分は、研究者らしく、細かく丁寧に説明されています。
説明は大変上手です。基礎知識がなくても読んで理解することはできると思います。ただ、初めて読む人には大変かもしれません。ここをどう読むかが、本書を楽しめるかどうかの分水嶺になるように思います。真面目に全部理解して先に進もうとすると挫折してしまうヒトもいるかもしれません。大変なら飛ばし読みで良いと思います。必要と思った時、あとからちゃんと読めばいいでしょう。
一方、真面目に書いてあるだけに、一歩ひいてみると笑えるような記述もあります。
最後の方にある写真の説明文。
『エディアカラ生物群のディキンソニア。ザイラッハーによれば、これはベンドビオンタである。』
この文章を読んで『なぁるほど。』とうなずけるヒトはなかなかいないでしょう。
『これはベンドビオンタである。』という、素晴しく断定的でありながら、全く意味の分からない音の響き。
個人的にはこういうの、結構好きで、ニヤニヤしてしまいます。ハタから見るとかなり怪しいかも知れませんが、、、。
(ちなみに、今この説明文を理解できなくても、本書を楽しむことは十分可能と考えます。)
それはさておき、本書を読んでいて、僕が大きく盛り上がったのは次の2点でした。
第1点。人類の歩みをDNAから解析できるのか。実はネアンデルタール人のDNA解析が出来るのだそうだ、、、。はたしてネアンデルタール人と現代人の間に交配はあったのか。
もう1点は、化石と言えば恐竜です。ジュラシックパークみたいなことが本当にできるのか、、、。
まずその第1点目について
今、人類は1種しかいません。白色人種、黄色人種、黒色人種、赤色人種、茶色人種なんていう分類がなされたこともあり、見た目にだいぶ違うような気もします、生物学的には完全に1種類なのだそうです。。
ところが、人類が誕生した700万年前にはおよそ20種の人類がいたのだそうです。同時にいた訳ではないけれど、多くの時代において地球上には複数の人類が共存していたんですんって。
そして、少なくとも3万年前までは、ホモ・サピエンスの他にもう一種別の人類がいました。
そのもう一種の人類は、ネアンデルタール人でした。ヨーロッパや西アジアにいましたから、現生人類と顔を合わせることもあったでしょう。
すると素朴な疑問がもちあがります。ネアンデルタール人と現生人類との間に交配はあったのでしょうか。もし僕たちの血にネアンデルタール人の血が混じっているのであれば、遺伝子(DNA配列)にその痕跡が残っているはずです。
1997年、ネアンデルタール人の化石から初めてDNAが取り出された。もう15年も前のことですが、それでも、結構最近だったんですね。
あとはその配列を決定し、現存の人類と比較するだけ。ドキドキ。
結果。
なんと、ネアンデルタール人はヨーロッパ人やアジア人とは、数十万カ所という多くの場所で同じ塩基を持っていました。一方、ネアンデルタール人がアフリカ人と同じ塩基を持つ場所はそれよりずっと少しでした。
そこから導きだされるストーリーは下記のようになります。
現生人類がおよそ20万年前にアフリカで誕生した時、ネアンデルタール人はすでにヨーロッパや西アジアに住んでいた。現生人類の一部がアフリカから出て西アジアに移住した時、彼らはそこでネアンデルタール人と出会い、交配がある程度行われた。
その後、現生人類はアジアに広まっていきました。僕たちがその子孫です。
アジア人と比較をしてヨーロッパ人のほうがネアンデルタール人の塩基配列をより多く持つと言うわけではないそうです。このことから、現生人類とネアンデルタール人との間の交配はごく一時的なものだったと考えられます。
さぁ、次の盛り上がり。恐竜の分子生物学の話です。
文頭にも書きましたが、その昔、映画「ジュラシックパーク」を大興奮してみた覚えがあります。映画の中で恐竜をいかによみがえらせたのかについて説明が出てきます。
映画では、琥珀に閉じ込められた蚊を使います。この蚊のなかには恐竜の血を吸ったものもいるでしょう。そこから、恐竜の血液を採取し、DNAを取り出して配列を明らかにする、といった方法論でした。実は時を同じくして、現実のサイエンスの世界でも、全く同様の方法論で恐竜のDNA配列がリアリティを持って探されていました。
その頃、この探索は大変な労力をかけ、かなりいいところまで行っていると、多くの人は感じていました。しかし結局は、この試みが失敗であったことがわかってしまいます。やはり、恐竜の時代のDNAは古すぎるらしいのです。残念、、、。
でも、筆者は最終の第8章にワクワクを残しておいてくれました。2005年、Science誌に掲載された写真が転載されています。
『ティラノサウルスの化石から発見された血管および赤血球らしき構造』
いや、この写真を見たら『らしき構造』なんて言葉いらないでしょう!って言いたくなるほど『それらしき構造』です。
少なくともコラーゲン蛋白のアミノ酸配列の一部は明らかにされたそうです。これがホントウにティラノサウルスのものかどうかは、さらなる成果を待たねばならないようです。
何しろ遺伝子で痛い目にあっていますから慎重です。でも、ワクワクはまだ継続していることがわかって嬉しくなりました。
科学者たちが夢を持ち、仮説を立て、大変な苦労をしてそれを証明していきます。でも、時にはそれが失敗に終わることもあります。
なにしろ、仮説の時点で正解は誰も知らないのですから。
だからこそワクワクもするし、落胆もするし、知的好奇心が刺激されるのだと思います。そんな営みとしての古生物学が愛情を持って語られています。
« 素人的沖縄日帰り出張記 | トップページ | あきらめの悪い僕 »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 才能の科学(2024.02.11)
- 海の見える病院(2024.02.03)
- 「きしむ政治と科学」「1100日間の葛藤」(2024.01.28)
- 自然、文化、そして不平等(2024.01.14)
- ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る(2023.11.12)
コメント