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ありがとうをありがとう

ずいぶんまえの、個人的に忘れられない小話です。

遠方から通ってくださる患者さんがいました。生まれは外国の方です。

以前は近くにお住まいでしたが、会社が移転したため、ご主人と一緒に地方へ転居されました。

その後も、ずいぶん遠いのに、片道4時間以上かかる道のりを通ってこられました。

往復8時間プラス待ち時間。毎回血液検査をさせていただくので、結構な時間 お待たせしてしまいます。

近くの病院にご紹介しますよ、、、というお話もしましたが、全身状態はとても安定していて、数ヶ月に一度の来院ならば、ということで、僕の外来への通院を続けておられました。

外国生まれのご本人にとっては、慣れない土地の、慣れない病院で、慣れないDr.と人間関係を作る不安より、今のままの人間関係を継続したいと考えたことも理解できます。

遠方から来られている上、毎回長時間お待たせしていると言うのに、いつも人懐っこい笑顔で診察室に入ってこられました。

「今日は混んでますね」

「今日は早くて嬉しい!」

「天気悪くて大変だったのー」

血液検査結果は特にかわりなく、「かわりないですね」で終わり、、、。

長くお待たせしたのに何となく味気ない感じがします。申し訳ない気持ちがつのります。

でも、他にお待ちの患者さんもいらっしゃいますし、長話をするわけにもいきません。

そして、それでも、この経過観察をやめるわけには生きません。

自覚症状だけではわからない内臓の慢性の病気は、この作業が大切だと僕は思っています。検査は現在と近い未来を一定の確率で保証してくれますが、将来を保証してくれるわけではないのです。

ずっとかわりなしかもしれませんが、変化がでる可能性もゼロではありません。また、長らくデータを取り続けることで初めて緩徐な変化を実感できることもあります。

しばらくして、「その時」が訪れました。ずっと全く変化がなかった病状に大きな変化が見られました。 

急に検査データが悪化しました。何がきっかけか、よくわかりません。自覚症状はほとんどありません。

データをみると、もしかするとこのまま大丈夫になるかもしれないけど、大丈夫じゃない場合は早めに手を打たないといけない。微妙な感じ。

こんな時、「早めに治療を」という考え方もあります。ただ、クスリというのは時として強い副作用もありますし、ましてやこの方の場合、自然に落ちつく可能性もあると思われました。

その時僕は、まずは慎重に経過を見るべきだと考えました。

経過を見ると言っても、内臓疾患の場合、自覚症状はあてにならないことがあります。実際、この方も自覚症状なしです。元気いっぱい。悪いのは検査結果だけ。

こうなると、慎重に、、、ということは頻回の血液検査を意味します。

いくら元気とはいえ、片道4時間かけて毎週、場合によっては週2回も3回も病院に通うことは現実的には難しい。

御本人によくお話して、紹介先の病院の先生に前もって僕が直接連絡をとるということで、ご自宅近くの病院に紹介することに了解をいただきました。

最期の外来の日、いつものようにお待たせした後、彼女は診察室に入ってきました。

「今日でお別れですね。」

と言いながら。そして鞄から小さなかわいい袋を取り出しました。

「これ、来るときに買ってきたんです。食べて下さい。」

表参道のKINOKUNIYAのクッキーでした。

「、、、途中、よってきたの?」

「美味しいって評判いいんですよ。長い間ありがとうございました。」

「ありがとう」って、僕、お待たせした以外、ほとんど何もしてあげられてないんですけど、、、。第一、まだ良くなってないし、、、。

その日、夜遅く、そのクッキーをいただきました。

「ありがとう」を「ありがとう」と思いながら。彼女の健康を祈りながら。

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