O名誉教授の思い出
僕が研修医として大学病院に入局したとき教授だったO名誉教授が他界されました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
お通夜に参列し、研修医時代を思い出しました。
同期の研修医は僕が入局した第一内科だけで21人いました。
僕は、そのうちの一人で、取り立てて怒られた記憶も、褒められた記憶もありません。大勢の中の一人でした。
小心者の僕自身、そうなれるように努力もしていました。
自分に自信がなくて、「一緒」であること、目立たないことが安心の根拠だったのです。
毎週金曜日は教授回診とカンファレンスでした。
ある時、カンファレンスで、同級生の曖昧なプレゼンテーションにO教授が激怒されたことがありました。
「君は我々プロを前にプレゼンテーションすることをどう思っているのかね?」
言葉は丁寧だったけれど、話の内容は厳しいものでした。
彼は、同期の中でもとても優秀だと僕は思っていました(今でも思っています)。 それだけに、彼があんなに怒られたのはショックでした。
僕は、ますます目立たないよう、努力を重ねることとなったのです。 そしてまた、目立たないでいられることが、それなりに進歩していることの証のようにも感じていました。
教授回診は午前中全部を使って行われました。
O教授は一人一人を丁寧に診察され、細かく質問されました。
専門外のことでは、初歩的なことであっても、わからなければ、堂々と質問されていたのを覚えています。
「勉強になりますねぇ」
と、教授は口癖のようにそうおっしゃいました。
そんな教授回診を「教授の勉強会」「俺たちが教えているんだ」という陰口を聞いたこともあります。 目立たぬよう努力していたはずの小心者の僕も、ちょっと自信がついてきた頃、その陰口に同意していました。
はずかしながら。
今、それは浅はかだったと思います。
二十年、三十年と医学のトップランナーとして走り続けてきたエキスパートが、自分の専門外の分野でちょっとくらい知らないことがあっても、何を恥じることがありましょう。
専門分野でだって、未知のものを求め続けなければ、トップランナーであり続けることはできません。
むしろ、専門外の未知なるものに対しても興味を持てるのなら、それは知的感受性の豊かさ、知的活動性の高さを示しているのだと思います。
「専門外だから」 の一言でスルーするのは簡単です。 知らないことがあってもいいと思います。
学びたいと思う気持ちを持つことが大切なのですね。
そして何より、O教授は、実地で、患者さんから学ぼうとする姿勢を教えてくれていたのだと思います。
でも、やっぱり、僕のような小心者は、質問するのはためらわれてしまうのです。 そのままスルーした方がはるかに楽だし、何となく体面が保たれるような気がするから。
自信を持って質問できるようになりたいと、改めて思います。
今、名誉教授の
「勉強になりますねぇ」
の声が耳にこだましています。
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