無理だとは思うけれど、スティーブ・ジョブス氏の治療経過についての症例報告を読んでみたい。
先日感想を書いたスティーブ・ジョブス I・IIの感想を書きました。そこでは書かなかったけれど、気になった話があります。彼の「がん」についての話です。
詳細が不明なため、医学的なコメントはあまりできませんが、本書を読んで同様の病気に対し、同様の治療に期待してしまう方がおられるとすれば、良いことではないと思います。少なくとも、現在の医療において、膵臓癌の肝転移に対する治療として肝移植が選択されることはありません。
彼は最初、「がん」という診断から9ヶ月の間、目を背けます。
この時点で普通ではないことに異論はないでしょう。ただ、読者はすでに、彼ががんと診断されるまでの半生を読んで知っています。彼自身が普通の人ではありません。
それを前提として考えれば、9ヶ月間、自己流の治療を行い、実績のある治療を受けなかったことについては、いかにも彼らしい行動のようにも感じられます。
そして9ヶ月後、肝臓に転移が見つかりました。
通常、この時点で、がんの「治癒」はあきらめねばなりません。
米国流の(最近の日本でも時々見かける)ロジックでは「エビデンスのある治療を受けさせなかった主治医の責任だ」なんて訴えられそうな話ですが、ジョブズ氏はそんなことは考えなかったようです。そんなヒマも、生への執着もなかったのかもしれません。彼が人生をかけて執着していたのは別のことでした。
そこから先も、一般的な治療経過とはかなり異なります。
・肝転移が発見されている膵臓がんに対して手術が選択された。(一時期かれは『治った』と公言し、仕事復帰もしていて、姑息的な手術ではなかったと拝察します。)
・膵臓癌の肝転移に対して、肝移植が必要である、またそれが治療法として妥当であると判断された。
・最初の手術と肝移植までの時間的なギャップが生じた。
などについては、どのような状況、考察のもとで治療方針が決定されていたのか、知りたいところです。
特に移植に関しては。
命は平等だと信じ、臓器提供をして下さった方の意思を尊重するのなら、肝移植が妥当な治療と考えた、その判断は非常に重いものです。(ジョブズ氏が信じていなくても、主治医を含め、移植医療に関わっている人たちは信じていなくてはいけません。)
また、本の内容からすると、その後に彼が受けた治療がこれまたスゴいです。「夢の次世代癌治療」みたいにして研究計画書に書かれているようなことが行われたようです。
ジョブズ氏の正常細胞とがん細胞の全ゲノム配列解読し、比較をしたそうです。(遺伝子発現に関してはコメントがありませんでした。)
本文によれば、
『ジョブズの主要が遺伝的・分子的にどのような特徴を持つのかを正確に把握し、がん細胞の異常増殖を引き起こしている問題の分子経路にピンポイントで作用する薬を選ぶのだ。』
とあります。これに参加したのはスタンフォード大学、ジョンズ・ホプキンス大学、MITブロード研究所、ハーバード大学。
そして、その結果に基づき治療戦略が立てられたとか。治療戦略構築の会議は、スティーブ・ジョブズ氏本人も同席して、まるで経営戦略会議のごとく治療法が選択されたようです。
巨万の金をつぎ込んで、今、できる限りの最高の検査、治療を行った、、、、。
『もうすぐがんは慢性病として管理できるようになる。ほかの原因で死ぬまで抑えておけるようになる、そういう希望があるのだとジョブズは医師団のひとりに言われたそうだ。』
と本書は書いています。恐らくそうなのでしょう。でも彼は逝ってしまいました。そのストラテジーでは、彼のがんを治癒せしめることができませんでした。
この記録、症例報告にしてくれないかしら。
個人名が明らかになっている症例報告なんて聞いた事がありませんし、個人情報保護の観点からはあり得ないかもしれません。無論、遺族や親族の遺伝情報など、個人情報に関連する可能性がある情報の公開には十分な配慮が必要だと思います。でも彼の個人情報がここまでつまびらかになって出版されているのですから、医学情報のみ客観的な評価可能な形での提示はできないことではない気がします。
「最高の医療チーム」があつめられ金に糸目を付けない「最高の医療」「未来の医療」が行われたのであれば、最終結果はどうあれ報告する価値があると思います。
何をどこまでどうやって調べたのか、どのような情報がわかったのか、それに対してどのような論理でどのような治療戦略がとられたのか、いつ、どのようにしてその治療効果を評価したのか、経過はどうであったのかなどなどなど、、、
これらを、客観的なデータとともに専門家の目に耐えうる形で学術雑誌に症例報告し、共有できたらいいと思います。
後付けの批判をするのではなく、その経験から何が学べるのか。同じ状況がもう一度あった時、同じストラテジーで何を改善したらより良い結果を望めるのか、、、。
その経験は、がんに対する新しい治療戦略構築について考える時、多くの人の参考になると思うのですが。
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