高いコレステロールは下げたほうがいい。
今年の始め、Bulletin of the World Health Organization というWHOの発行する公衆衛生学雑誌にコレステロールが高い人と診断、治療を受けている人の8ヶ国の現状について、調査を行った論文が掲載されました。
論文へのリンクはこちらです。
その8ヶ国とは、イギリス、ドイツ、日本、ヨルダン、メキシコ、スコットランド、タイ、アメリカ合衆国です。40から79歳の、合計で79039人の患者さんの現状が評価され、総コレステロール値が240以下にコントロールされているかどうかで群間比較をしています。
コレステロールが高いと診断されていない人が多かったのはタイで78%。最も少なかったのはアメリカ合衆国で16%。
一方、コレステロールが高いと診断されているにもかかわらず、治療されていない人が最も少なかったのは、これまたタイで、9%。タイでは診断されないことも多いが、一旦診断されれば95%の人は治療されていると言う事になります。
診断にも関わらず治療されていない人が最も多かったのは、日本で、53%にのぼるとのことでした。(確かに、健康診断の結果などを外来で説明しても治療したがらない人、多いです。)
この論文は以下のような文章でしめられています。拙訳をご紹介致します。
『コレステロールを下げる薬剤は世界中で利用可能で、とても効果的である。そして、世界の心血管疾患(動脈硬化に起因する病気)を減少させるために、大きな役割を演ずることができる。こう言った事実にも関わらず、高いコレステロールの値をコントロールするために効果的な薬物が投与されている割合はがっかりするほど低い。』
コレステロールを下げる薬を飲まないために、なんと、毎年1700万人の人が亡くなっていると推計されるのだそうです。
そのコレステロールを下げるクスリの主役は、HMG-CoA還元酵素阻害剤と言われる一連の化合物で、一般に「スタチン」と総称される薬物です。
先日、「新薬スタチンの発見」という本を読みました。このスタチンの有用性を発見し、創薬に結びつけた物語です。発見者の遠藤博士によって書かれていますので、リアルです。さまざまな困難にもめげずに信念を貫いた意志の強さを感じます。
この手の本を読んでいつも感じることですが、一見論理的に否定できるように思えるものでも、「やってみなきゃわからん」ことが沢山あるのですね。僕たちの「常識」というのは、とても曖昧な根拠に基づいていることが多いのだと思います。
コレステロールを例にとってみても、スタチンが開発される前は「コレステロール合成の阻害は危険である」という意見が少なくなかったのだそうです。
その根拠は、以下のごとくです。
1)コレステロールは細胞膜の重要な構成成分である。
2)胆汁酸の原料として成体には欠かせない物質である。
3)副腎皮質が合成するステロイドホルモン、卵巣や精巣が合成する性ホルモンの原料でもある。
よって、コレステロールの合成阻害は胆汁酸や副腎皮質ホルモン、性ホルモンの合成も阻害して、果ては細胞膜そのものの機能まで障害してしまうという、重大な副作用の可能性がある。
ここまで言われてしまうと、僕などは、泣きながらゴメンナサイして引き下がってしまいそうです。
遠藤博士は違いました。そしてスタチンを発見します。
その後、動物実験をやってみると、ラットでコレステロールが下がりませんでした。プロジェクトは存続の危機を迎えます。
彼はそれでもあきらめませんでした。ニワトリや犬ではしっかりと効果があるのだということを証明して前に進みます。
言うは易し、行うは難し。普通ならラットの時点であきらめてます。
ほかにもイロイロな困難を乗り越え、海外の製薬会社との利権争いにも巻き込まれながら、国産初のスタチン製剤、メバロチンの誕生につながっていきます。
一般向けの薄い冊子であることもあり、あっという間に読めました。
これほどの先見の明も、信念もありませんが、正しいと思ったことは頑張ろう、という気持ちになりました。
そして、最初に紹介した論文を思い出し、コレステロール値の高い人には、もっと積極的にコントロールをうながすように話していこうと思いました。
薬を飲むのが嫌い、と言われてしまえば仕方ないかもしれません。でも、スタチンを飲む事だけが治療ではありません。ダイエットや運動などによる日常生活習慣の改善だって、立派な治療です。
折角診断されているのに、そして治療法もあるのに、治療すれば健康の面でメリットが大きいこともわかっているのに、それでも治療しないんじゃ、何のために検査を受けているのだかわかりませんもんね。
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