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『それでも日本人は「戦争」を選んだ』

それでも、日本人は「戦争」を選んだ 』を読みました。大変勉強になりました。

大学の先生が中学校1年生から高校3年生までの幅広い学年の学生に5日間にわたり近代史を『戦争』という観点から授業を行った、そのの実況中継を本に起こしたものです。

中高生への授業内容が『小林秀雄賞』受賞作となってしまうのですから、歴史研究会とはいえ、この授業についていく中高生、恐るべしです。

「白熱教室」とは異なり、静かなものですが、歴史に対する真摯な気持ちには熱いものを感じます。

授業で示されるのは多面的で立体的な近代史で、これを戦争と言う視点から見ていきます。

「歴史から学ぶ」というのは簡単なようでとても難しい事がよくわかりました。一つの事象を解釈しようとする時、その事象に対する視点が異なれば、導きだされる情報は当然異なります。

何を学ぶのかは、学びの主体となる人間や、その時の主題によって違うのだ、ということを実感しました。

例えば内田樹『日本辺境論 (新潮新書) 』で語られるベルサイユ講和会議とここで語られるベルサイユ講和会議の雰囲気は大分違います。

本書ではより個人に光が当てられ、常に個人の視点から時代解釈しようとする試みがなされているように思います。

一方で、猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦 (中公文庫) 』ともまたおもむきが異なります。『昭和16年夏の敗戦』では実際のインタビューに基づく取材に基づいて、まさに個人の視点を集積して話が進みますので、多くの言葉に感情がこもっています。

こちらと比較をすると、情報は、手紙などの資料に基づいています。他の研究者による著作が資料とされている事もあります。

それが理由であるのか、大学で歴史を研究している人はみなそうなのか、それとも著者の個性なのかはわかりかねますが、本書の言葉はもうすこし評論的で控えめな感じがします。この控えめなスタンスなかなか居心地よく感じられます。

授業は、生徒達に意見や答を求めつつ、基本的には著者の考えるストーリーに基づいて進んでいきます。「授業」ですし、その視点から資料が集められているので当然と言えば当然です。

けれども、本書を読んでいて、著者のメッセージは、著者の歴史解釈そのものではないと思います。

イロイロな資料を材料に様々な考察を加える事の面白さを伝える事だと思います。

著者の解釈に異を唱えたとしても、それがリーズナブルなものである限り、喜んで議論してもらえそうな気がしました。

 




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