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「空気の教育」を読みました。古き良き日本の語り部による教育論だと思いました。

30年前に書かれた「昔はよかった」的教育論。今から見れば「大昔の教育は良かった」的教育論です。ですから、語られている根っこは半世紀以上昔の教育を受けた実体験に基づく議論、と言う事になります。

当然、子供をめぐる環境は今と大分違います。いじめも、不登校も、モンスターペアレントも、学級崩壊も出てきません。そりゃそうでしょう。ゆとり教育が始まるずっと前ですから。

語られる教育の場は、自然いっぱい、ゆとりいっぱい、厳しさも共存していてさながらユートピアのようです。

そういう観点の議論ですから、正直、今の問題意識とは異なるところを語っている感じも否めません。かゆいところに手が届かないというか、別なところをかいているような印象すら受けます。

でも、「教育論」ですから、変わらないところもあります。

筆者は上滑りな教育を「ペンキ教育」と呼び、見た目だけを取り繕うのはダメだと言います。いつの間にか身体の瑞まで染み込んでいるような、年老いてから、あの時のあの経験が今、役に立っていると改めて自覚できるような教育を良しとしています。それは確かにそうだと思います。

「若いときの苦労は後々のためになる。」

「便利になった事に甘えては行けない。」

「地道な努力の大切さ。」

「かわいい子には旅をさせろ。」

「コトバの大切さ。」

「礼儀作法の大切さ。」

なんていうあたりの主張は、確かに古き良き日本の語り部の言葉として大切に拝聴したいところです。しかも文章が上手なので、味わい深く読むことができました。

主張は理解できるのですが、「そういう変わらない部分を大切にした教育をできているか?」と真剣に自問すると、不安でいっぱいになってしまいます。なにしろ、自分ができていない事も沢山あるので。

くわえて、昔より過保護になっているのは事実だと思いますが、単純に昔を再現すればイイってわけでもありません。できませんし。

結局、親として、自分のできるだけの事をして、あとは子供を信じるしかないのかなぁ、と当たり前の結論に達した次第です。

 

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