医療と前例踏襲
途中、イロイロなことがあって間があきましたが、今日は「前例踏襲」の記事の続きを書こうと思います。
批判的な論調で用いられる事の多い「前例踏襲」という言葉ですが、医療の世界では、前例踏襲が基本です。あまり、そう言う表現は使いませんが。
突飛なオリジナリティにあふれる奇天烈な治療法、なんてのは願い下げです。新しい治療法の開発も、先人の積み重ねた知識、経験を踏襲して、それに積み重ねることによって成立するものだと思います。
キッチリと前例踏襲するためには、前例、先例についての知識が血肉化している事が必要です。
臨床医学の領域では、前例踏襲の基本を確実なものとする第一歩が症例報告なのだと、僕は考えています。
研修医時代、言葉は違いましたが、僕はそんな風に教えられました。僕を指導してくださった先輩は
「臨床家は症例報告に始まり、症例報告に終わる」
と言っていました。
「臨床家は症例報告に始まり、症例報告に終わる」
と言っていました。
学会や研究会などでの症例報告は、若いドクターが研修の比較的早い時期に経験する登竜門の一つです。自分たちの経験した症例を呈示して、これまでの知見と比較をし、考察することで次につながる示唆についてを議論します、、、。
以前は僕も緊張したものでした。「である調」で発表してたのに、制限時間を過ぎたとたん、「ですます調」に変わっちゃったりして、、、。
そういったところで議論を重ね、他の人たちの経験と照らし合わせることは、自分の経験を正しく位置づける努力につながります。学会誌などへ投稿するところまで行けばさらに素晴らしいと思います。
これにより前例、先例の評価が確かなものとなります。
さらに、こういった症例報告を経験する事、報告をするような症例を見つける努力をする事は、一人一人の患者さんを丁寧に診療することにつながります。
自分の経験を前例にプラスアルファとして加わえる努力を続けることで知識が血肉化し、良き前例踏襲となりえるのだと思います。
先日、ある学会の地方会で、久しぶりに僕を指導してくださった先輩とお会いしました。あれから20年近くたった今も、30歳は年が離れているであろう若者を連れ、症例報告をされていました。
相変わらずのその地道な姿勢に懐かしさと共に、尊敬の念を新たにしました。
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