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医療と性善説

 日常診療のなかで、患者さんから信頼してもらうことがいかに大切かを感じます。風邪薬だって、信頼して飲んでいただけなければ処方しても意味がありません。一方で、医療者も患者さんを信頼しなくては医療が成り立ちません。薬はその通りに飲んでいただけることを前提に処方しているわけです。そうでなければ、飲み方によっては薬も有害ですらありえるのです。

 僕は、医療とは、医者と患者さんが共同戦線をはって病気と闘うことだと思っています。この共同戦線において、医者と患者さんは目的を同じくする同志です。この同志の関係は、時代、文化によって変化し得ます。

 かつてはパターナリズムに基づく思想が基本とされていました。戦場、仕事における上司と部下にたとえてもイイですが、一般には親子にたとえられます。親が子に望ましいと思われる検査を行い、治療をし、情報を与え、望ましくないものを極力避ける、そんなイメージです。これを主として医者の立場から表現した代表がが「ヒポクラテスの誓い」と言えると思います。

 それが時代を経て患者さんの権利が改めて認識されるようになりました。それを確認されたものが「ヘルシンキ宣言」に代表される内容となるものでしょう。

 日本で昔から言われる「医は仁術」という言葉にも、「共同戦線」における信頼関係の重要性が現れていると思います。

 いずれにせよ、例外を除いて、直接的であろうが、間接的であろうが「患者さんのために」という善意が医療の底流に必要あることは間違いありません。

 この共同戦線を総合したものが医療であると考えられます。医療者と患者、互いの関係を円滑にし、合理的に病気と闘うためのシステムが、医療制度です。ですから、医療制度は性善説を前提に相互の信頼に基づいてデザインされることが望ましいと思います。

 一方で不老不死のヒトはいませんから、どんなにやっても得られる治療効果には限界あります。近年では動脈硬化などという一種の加齢現象と考えられるものも「不都合な避けるべき状況」と考えられています。

 この観点からすると、老化も臓器の機能低下の観点から広い意味での「病気」ととらえられているのです。医療が進歩すれば多くの老化現象が同様の視点から新たに解釈されなおすでしょう。

 即ち、人は生きている限り、疾患と無縁でいることはできないのです。そして老化も含めて生きていくために都合が悪いことを全て排除することが医療の目的であるならば、全ての医療はいつかどこかで「共同戦線の敗北」に終わります。

 「医療の失策による敗北」は避けなくてはいけませんが、望ましくない結果が得られた場合、それはある程度受容しなくてはなりません。同時に相互の間に不信感が芽生えないようにする必要があります。その為にも、「共同戦線」しっかりと構築し、意思疎通を充分に行うことが大切です。ただ、これは、時としてコントロールの難しい問題です。

 僕がこれを難しいと考える理由は、時として共同戦線の構築を難しくするような風潮があると感じるからです。

 疾患を、医療ではなく、医学的視点から見てみるとちょっと異なる部分が出てきます。現代の西洋医学は様々な疾患の原因を究明し、それを取り除く事により治癒せしめる、という基本理念に基づき発展してきました。

 教科書をひもとくと、当然の事ながら一項目に一疾患の記述がなされていて、その疾患さえ治療できればまるで不老不死であるかのごとくです。病気がてんこ盛りの人も、病気を一つ一つ個別に整理してそれぞれをしっかり治療すれば永遠に生きることができそうな「錯覚」に陥りそうです。

 さらに、法学の本等をチラッと見てみると、前提は性悪説であるように感じます。法学では様々な事象に関し、悪意のある人間を想定しても「制度のもれ」がないようにする事が必要になります。そしてもともと社会制度は人間がつくったものですから、基本的に人間の想定通りに事が運ぶ事が前提です。

 結果が望ましくないと言うことは、途中の論理に「もれ」があったということです。

 医療において望ましい結果が得られなかったとき、「錯覚」した視点から医学的に原因究明し、法学の論理で解釈して医療を批判するなら、いくらでも可能でしょう。

 その風潮がエスカレートするのは、性善説に依拠する医療にとっては好ましい事ではないと思います。その様な議論は医療になじまないと思うのです。

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