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エンド・オブ・ライフケア

 素人的医系小論文事始。今回は医系小論文テーマ別課題文集21世紀の医療 改訂版 (駿台受験シリーズ) の 課題14-a、「エンド・オブ・ライフケア」についてです。



 高齢の方々が向かえる人生の終末期における医療、エンド・オブ・ライフケアは、がんの終末期における医療、ターミナル・ケアと区別されます。

 このエンド・オブ・ライフケアを家族のみによって自宅で実現しようとすると、課題文にも示されているように、難しい山積しています。ご本人の居室と介護のための物理的スペースのみならず、24時間にわたる時間的拘束、さらには予期せぬ合併症への対処など、知識、経験の少ない一般の家庭では解決が難しい局面が次から次へとでてきます。

 特に難しいのは、最後に挙げた「予期せぬ」合併症が突然発症した時です。体力的余力が少ないため、簡単に重症化しやすく、軽症であっても治癒には時間がかかるのが高齢者の特徴です。どの時点で医療機関を受診するのかも含め、ご家族の判断にまかされることになります。この負担は想像以上であると思います。

 このような状況がなぜ生じるのかと言えば、「高齢であること」は疾患と見なされないからです。合併症が発症するその瞬間までは医療の対象とはなりません。

 病気という言葉の定義が、身体機能の不調により健康に障害を来した状況であるとするのなら、高齢であることによって予備力が低下したことを広義の病的状態ととらえることも可能だと思います。

 「不治」であり、将来的に全身状態の低下が進行し人生の終末を迎えるという点では、進行した悪性腫瘍と一緒です。ターミナル・ケアとの医療内容の違いは疾患の特異性の違いに由来するものと考えることができます。そう考えれば大きな違いはありません。

 ターミナル・ケアは基礎疾患として進行した悪性腫瘍を持っていて、それによって引き起こされる様々な症状や合併症に対処しながらQOLの向上を目指すものである一方、エンド・オブ・ライフケアは加齢に起因する全身状態の低下を背景としてQOLを維持するために様々な障害を生じることが医療の対象となっています。

 体力が失われていく中で合併したり併発したりした病は、余命やQOLに影響を与えるものであれば可能な範囲で加療する。治癒可能なものであれば当然治癒を目指す、不可能な場合にはQOLの維持を目標に治療を考えると言う点でも共通しています。

 この観点からすれば、エンド・オブ・ライフケアは介護ではなく医療です。加齢による機能の低下、予備力の低下は、再生医学などの学問が発展すれば間違いなく積極的な「治療」の対象となるものでしょう。

 しかし、現在は、安定した全身状態の高齢者を「若返らせる(治す)」医療は存在しません。そして、最初に述べたように、現行では介護と医療は別建ての制度となっています。

 医療は褥瘡や発熱などの疾患が出現して初めて医療として認められます。ただ、高齢というだけでは医療の対象から外れてしまいます。そのような状態に陥っていない「健康な」高齢者はエンド・オブ・ライフケアの対象となり得ますが、医療の対象にはなりません。加齢が病気として認められないからです。

 現行のシステムでは、介護が必要となった高齢者は介護と医療の間をずっと行き来することになります。医療から介護への移行は簡単です。全身状態が良くなれば移行できます。しかしその逆は難しい。

 いつ、どういった疾患が発症するのか、常に目を光らせていなければなりませんが、その責任担当者は医療者ではないのです。これは望ましい事ではありません。

 介護と医療の間を埋めるグレイゾーンの存在を明確にし、双方を円滑に連携させることを可能にするシステムの構築が望ましいと思います。

 
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