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アイフォンと呼ばれるiPhone

  一般に「何でも出来る商品」は「何をするのにも中途半端でめんどくさい商品」になってしまうことが殆どです。

 道具は一つの用途に特化することで使いやすさを高める事が容易になります。道具にも器用貧乏という言葉が当てはまります。

  多くの場合、「万能xxx」を一つ持つよりも、目的に合わせた道具を数種類持つ方が日常生活では便利です。

 万能なハズのパソコンだって、実際には多くの場合においてインターネットやビジネス関連の使用用途に限られています。

 コンピュータでテレビを見ている人は多くありません。テレビの画面でコンピュータを操作できるようにしている人はもっと少ないでしょう。ゲーム機でインターネットをやっている人も多くないと思います。ゲームをやりたい人はコンピュータでやるよりもPS3やWii、あるいはPSPやDSでゲームをやるでしょう。

  その観点からすれば、ケータイも電話に特化しているのが一番使いやすい事になります。

 その使いやすさを損なわずに異なる機能を付加していくのは難しい事ですが、ケータイはある程度、成功しているように見えます。

 多くのケータイは「電話」+「メーラー」+「アドレス帳」の3機能を充実させる方向で進化をとげてきました。

 さらに加えるとすればカメラやワンセグだと思いますが、これらをケータイの必須機能に上げる人はそう多くないと思います。

 スマートフォンという言葉から想像されるのは、カメラ、ワンセグと同様な形でパソコンちっくな機能が加わったケータイです。そしてその通りの新商品が発売されているように見えます。

 iPhoneはケータイをスマートフォン化しようとせず、iPod化する方向に進化させたものだと思います。結果として、ケータイとiPhoneの関係は、僕の目には、かつてのMS-DOS系パソコンとMacintoshの関係と重なって見えます。

 iPhoneを使い始めて気がついたのは、子供達がiPhoneを「アイフォン」と呼ぶことです。彼らの目からも、iPhoneはケータイとは違って見えるのでしょう。確かに見た目や、感覚に訴える操作感がこれまで持っていたケータイとは明らかに違います。

 他のケータイとの差別化がうまく成功していることの現れだと思います。

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