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医系小論文テーマ 6-b 「人の死」を定義する

素人的医系小論文演習事始

テーマ 6-b 「人の死」を定義する

普段、多くの人が当然だと思っている事をあえて「定義」しようとすると意外に難しいものです。

「人の死」も同様だと思います。

人の死の診断は、従来より、心停止、自発呼吸停止、瞳孔の対光反射消失によってなされてきました。

かつて、「死の診断」について父から話を聞いたことがあります。

恐らく今から40年以上前の話だと思われます。そのころ、対光反射の消失はペンライトを用いて今と同様に行なわれたようです。しかし、心停止については、今のようなベッドサイドで見られる心電図モニタなども無く、自発呼吸の停止とあわせ、視診、触診、聴診によりなされていたようです。

このため、死の診断に困難を感じることがあったそうです。

実際に、「ご臨終」を告げられた後、患者さんが目を開けて「まだ生きているのに、死んだと言われた」と泣きながら息を引き取って行った患者さんもおられたそうです。

父も、「ご臨終」の診断を下す事ができず、ご家族に病室から出ていただいて、患者さんと二人きりの病室で、「この人は生きているのだろうか?死んでいるのだろうか??」と一時間近く悩んだ事があると行っていました。

この難しさは、実は「人の死」が電燈のスイッチのように突然オフとなるものではない事に由来します。

生命を維持するものは一義的には呼吸であり、循環であります。しかし、それを統合するのは神経であり、栄養的に支えるのは代謝であり、感染から守るのは免疫であったりして、どの一つが破綻しても、生命を維持する事はできなくなります。その影響はスピードの差こそあれ、徐々に他の臓器に及び、いずれ体の全ての細胞死に至ります。

この徐々に進行する死はどこかで不可逆となります。しかし、腎不全における人工透析のように、医療の進歩によって進行を止めることができるようになる事もあります。また、将来は再生医療によって逆行させることも可能となるかもしれません。

脳死についての議論は、臓器移植の話とペアとなって話される事が多くあります。しかし、本質は診断技術、治療技術の進歩に伴って、不可逆な「人の死」の診断基準の妥当性を我々の文化と照らし合わせて議論しているものだと僕は考えます。

この観点から考えれば、「人の死」については、常に再定義される可能性を含むものとして、今後も考え続けるべきものだと思います。

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