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医系小論文テーマ 5-a 科学研究の安全性と倫理

僕のようなものが語るには大きすぎると感じる課題で、かなり躊躇しました。どうみても内容がエラそうになってしまってお恥ずかしい限りです。でも、改めて考えてみれば今までの課題も同様に大きかったと思います。医学部受験小論文の課題について書いているのですから当然と言えば当然です。

これまでも厚顔無恥に書き続けてきたのですから今更何を思っているのかと、このような内容について語るのに僕より適切な人は世の中にゴマンといる事を承知の上で、恥も外聞もなく、「素人的医系小論文演習事始」で述べた初志貫徹することにしました。

同じ原子力が兵器となったり電力を生み出すためのエネルギーとなったりするように、科学研究において、マテリアルとしての研究結果そのものに善悪はありません。目的に善悪が生み出されます。

この事を基礎として、科学研究の安全性、危険性について考えれば、その内容は大きく二つに分かれると思います。

一つは、目的の善悪とは関係なく、その研究そのものが人間に与える危険性についての評価です。それにより、研究者が安全に研究を遂行できるように配慮する事が出来ます。

けれども、研究というのは往々にして結果がわからないから研究対象となるわけですから、これを評価する事は簡単ではありません。この点で、組み替えDNA実験の最初のguidelineが研究者自身によって策定された事は意義が大きいと思います。しかしたとえ一流の研究者であっても、まったくの前人未到の事に対して、危険性をあらかじめ評価し、適切な対応をする事は困難です。従って、この規制は試行錯誤のなか、進歩や経験の蓄積に応じ、改訂が必要ですし、実際にそのように運用されていると思います。研究内容そのものの持つ危険性の評価が適正になされれば、そのコントロールは可能なものとなると考えます。

もう一つは、その研究結果が使途によって人間あるいは人類、ひいては地球環境に与えうる危険性についての評価です。これは研究結果は予測できないという側面の他、人間の価値観や都合によって変わるコントロールできない部分もあります。このため、自身の研究がどのように位置づけられるのかについて、研究者自身が自覚する必要があると言えます。しかし、実際に細部にわたって論理をつめていくような研究している時に、自分の研究を俯瞰してみる余裕などないのが通常です。

それでは第二点に関して研究者が意識する事がいかにして可能なのでしょうか。

僕は、それを第一点についての自分の身を守るための考察を通じで可能とするべきであろうと考えます。課題文中にもある通り、危険性の評価そのものは科学的判断に人間の価値判断が加わってなされるもので、第一点と第二点の科学性についての差異は基本的に存在しない。

科学的研究を行うにあたり、自らを守るための考察が、より広い意味での安全性についての倫理的考察にも敷衍可能である事を認識する事が必要なのだと思います。

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