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カレー丼は掟破りな気がする

最近ソバ屋でカレー丼なるメニューを見つけ、思わず「これは掟破りではないか」と感じてしまいました。
 
違和感を感じる理由は、まず最初に「ドンブリは箸で食するもの、カレーはスプーンでたべるもの。」という先入観念があるからだと思います。
 
インドじゃ手で食べるんだぞ、と言われそうですが、カレーのコマーシャルなどを想像すれば、僕の頭には、スプーンで美味しそうに食べるシーンがよぎります。
 
僕の頭に浮かぶ正当派カレー像は、まあ、だいたいこんな感じです。
 
そのカレーは平皿の右側に大盛りご飯が小山のように盛られ、左側にごろりとした具と一緒に湖のごとく、薫り高い湯気をたたえています。ご飯にカレーがかかるのは3分の1くらいが適当でしょうか。そしてご飯の右端には福神漬けが添えられています。
 
この様なもり方が正当派だとすれば、カレーがドンブリに向かないことは当然と思えてきます。
 
でも、カレーの起源がインド(外国)にあることを考えれば、自分の意識が硬直化しすぎているのではないかとも思います。僕の頭のなかのカレーの風景には「和」が感じられます。
 
それでも、カレー丼となれば話は別です。

まず、カレーがついていない白いご飯がなくなってしまいます。
 
僕的には、カレーの皿にはカレーのかかったご飯とかかってない白いご飯が存在していて欲しいのです。そしてカレーの反対側には福神漬けにいて欲しいと思います。僕は福神漬けだけがついて味、色の付いたご飯も好きなんです。
 
付け合わせとしてラッキョウもありだとは思いますが、ラッキョウの味が付いたご飯は僕の好みではありません。ラッキョウは小皿で味わいたいものです。あ、話が横にそれました。
 
カレー丼に話を戻すと、カレー丼ではちょっとのカレーで沢山ご飯を食べておかわりする、っていう学生的食べ方ができません。スプーンの上のご飯とカレーの割合を変えて楽しむ、なんて言う食べ方もドンブリだとやりづらくなります。

やっぱりカレーは平皿でしょう。福神漬けといっしょに、スプーンで。
 
ところで、カレー丼のカレーには片栗粉でとろみをつけることが多いようです。ここに中華系ドンブリの影響があるように感じるのは僕だけでしょうか。少なくとも牛丼やカツ丼、その他の純和風ドンブリでとろみをつけると言う発想は見あたりません。
 
ここまで考えて改めて気づきました。
 
カレー丼はカレーから別の料理に進化たものなのですね。もともと日本風カレーそのものが、インドのカレーから派生した亜種と言えると思います。それがさらにガラパゴス化したのがカレー丼と言えるのでしょう。カレー南蛮のようなものですね。
 
ならば、カレー丼がソバ屋を中心に見られるのもうなずけます。ソバ屋ではカレーを箸で食べる事についての心理的障壁は大きくなかったのかもしれません。

さらに、カレー南蛮のカレーは、カレーライスのカレーとは別のものだと僕は感じます。その進化の歴史を経て、ソバ屋のカレーはカレー丼のカレーへと独自の進化を遂げていたという事なのでしょう。

結局、最初は怒りに燃えつつ悶々と考えたあげく、掟破りも致し方なしと、一人で納得したのでした。

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