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医系小論文テーマ2-b 近代医学の人間観を超えて

素人的医系小論文演習事始

今回はちょっと時間かかりました。

テーマ2-b 近代医学の人間観を超えて

 19世紀末、クロード・ベルナールによって著された「実験医学序説」は、近代医学における生命観を決定づけた古典的名著として名高いものです。原著を読んだことはありませんが、生物には特有の「生命」がやどり、無生物とは異なるとされていた生気論を否定し、実験によって証明される事実を積み上げることによってのみ、医学の正しい進歩が導かれると説いたのだと理解しています。

 彼の主張が正しかったことは、その後、ルイ・パスツールによって、生命の自然発生説が完全に否定される事で証明されます。そして、実験の再現性がいかに重要であるか認識されていきます。

 現在の科学論文において主流となっている書式はIMRD (Introduction, Materials and Methods, Results, Discussion)と呼ばれる書式です。ここでIntroductionにつづくMaterials and MethodsがResultsやDiscussionと同じレベルで重要視されていることは、こういったことを背景にしているのだと、僕は理解しています。

 ここで成立した生命観は生気論に対する機械論とも表現できるものです。生命現象を細かく分類し、一つ一つの構造、機能を特定し、他との影響を評価することによって理解が深まるという信念がその基本にあります。

 その時代その時代で、これがわかれば生命への理解が大きく進むだろうと期待をしながら生命科学は進歩してきたはずです。

 生化学の分野において、クレブス回路、尿素回路などをはじめとする、様々な物質の代謝経路が明らかになってきたとき、生物における物質代謝の全てを理解すれば、生命の神秘が明らかになるとの思いを抱いた人もいたと思います。

 生命の遺伝情報が染色体によっている事が解明され、その染色体の本体がDNAの2重螺旋構造による事が証明されたとき、その暗号を全て理解すれば理解が完結すると考えた人たちもいたでしょう。

 人の遺伝配列をすべて解明しようという、Human Genome Projectはそんな思いをもとに実行に移され、2003年に完結しましたが、生命の神秘は未だに神秘のままです。

 医学における機械論的生命観は、医学的専門分野が細かく細分されることで明らかですし、臓器移植といった医療行為は、臓器を機械の部品と見なしているとも考えられ、機械論の象徴といえるでしょう。

 臓器別に細分化された専門家達の医学議論も、「人間と言う機械を構成する部品たる臓器の全てが機能すれば死ぬはずがない」という事に立脚しています。機能が低下するためには原因が必要であり、その原因にたとえば「老化」という言葉は通常、見当たりません。

 こういったことに違和感を感じ、科学的生命観に疑問を投げかけるのはたやすいことです。けれども、その疑問に対し具体的な答えを用意できるひとは少ないと思います。その疑問は、科学に対する絶対信仰への対立軸を求めようとする姿勢を根底に持つからです。僕はそこに間違いがあるのだと思います。

 ノーベル物理学賞受賞者のファインマンは1960年代の公演でこう述べています。

 「現在科学的知識と呼ばれているものは実はさまざまな度合いの確かさをもった概念の集大成なのです。なかにはたいへん不確かなものもあり、ほとんど確かなものもあるが、絶対に確かなものは一つもありません。」

 絶対に確かな科学的知識がないのであれば、そこに不確かな点があるのは自明です。

 複雑な生命現象を科学が未だに説明しきれないことから科学の限界を論ずるのでなく、科学的生命観そのものが不確かなものであることを再認識することが、「近代医学の人間観」を超えることになるのだと思います。
 
 
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