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日本野球25人 私のベストゲーム

 
この本は「スポーツグラフィック ナンバー」の2005年5月5日号の特集「創刊25周年特別編集 1980~2005 日本野球の25人 ベストゲームを語る。」に加筆したもので、それが文庫本となって発売されたものです。


「ナンバー」という雑誌は僕の好きな雑誌の一つです。定期購読はしていませんが、飛行機や新幹線などで移動するとき、よく購入して読みます。端から端まで止まらずに読み通してしまうこともしばしばです。本書も最初から最後まで一気に止まらずに読んでしまいました。

以下、名前が沢山出てきますが、敬称略で書かせていただきます。

桑田は池田高校対PL学園の試合を挙げました。当時、池田高校は、夏の甲子園優勝し三年生が卒業した後、チームを再編成して春の甲子園も連覇し、同じチーム編成で夏の甲子園に乗り込んできました。前人未踏の甲子園三連覇も夢ではありませんでした。その池田高校を相手に一年生のKKコンビがねじ伏せてしまった試合です。


その他、イチロー、松坂、清原が高校時代の試合を挙げました。若かりし頃の経験が将来にまで影響を及ぼす思いを植え付けることも多いのだと思います。きっと名選手と言われる多くの人が、若いうちに学びの多い豊かな経験をしているのだろうと思います。


一方で、日本シリーズを挙げる人もいました。


原は、3連敗した後、近鉄の選手から「ジャイアンツはパリーグの最下位より弱い」と言われ、その後4連勝し優勝した1989年の日本シリーズを挙げました。


古田はイチローと対戦し、彼を押さえ込んだ1995年の日本シリーズを挙げました。


短期決戦ならではのドラマや名勝負がそこにあります。


シーズン中の試合でも語り継がれている試合が挙げられています。


阿波野は、奇蹟の逆転優勝がつゆと消えた1988年の最終戦、10月19日に行われたロッテvs近鉄のダブルヘッダーを挙げました。


ブライアントは、その一年後、リーグ優勝が再び最終戦のダブルヘッダーまでもつれ込み、近鉄が初優勝した1989年10月12日の近鉄vs西武戦を挙げました。


優勝がかかった試合ばかりではありません。


阪神最強の助っ人、バースはバース、掛布、岡田による、バックスクリーンへの3連続ホームランがでた1985年4月17日の阪神vs巨人戦を挙げました。


その試合が、なぜそれほどまでに想いのつまった試合となったのか、その試合の裏にある「隠し味」を明らかにしつつ、リアルによみがえらせてくれる良質なノンフィクションだと思います。

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