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経済・政治・国際

ビデオ流出について「正義」の話をしてみる。

 普段、政治的な話は書かないようにしているのですが、今回のビデオ流出事件は、これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学 の、マイケルサンデル教授が授業に使いそうなネタだなぁ、、、と思ったので、自分の備忘録的意味合いも含め、考えてみようと思いました。

 マイケルサンデル教授みたいに格調高い議論はできませんので、これから書く内容は、法律的な事もふくめ常識に疎い個人の戯言として見て頂ければと思います。

 事情聴取を受けている保安官の方が、Sengoku38という人と同一人物だとして、僕なりに問題点を整理すると次のようになります。

1)情報は公開されるべきであったか

2)情報は「今」公開されるべきであったか

3)今回の行動で国民は被害を被ったか、利益を得たか

4)今回の行動で国は被害を被ったか、利益を得たか

5)国防に関わる組織の人間としてとった行動として正当化されるか

 僕は、基本的にはどのような情報であっても公開される事が望ましいと考えます。詳しくは知りませんが、「情報公開法」なんてものあったような気がするし、国民は自国の事を知る権利があると思います。大きな意味では自分の事ですから。

 その点でSengoku38という人物が「このままだと国民が知るべき情報が闇へ葬られてしまう。」と感じたときに、「誰もやらないのであれば自分が、、、」と考えた事は理解できます。彼の使命感は素晴らしいと思います。

 けれども、APEC開催直前、日中関係や政治状況が極めてデリケートな状況にある(ように見える)、「今」、この情報の公開が「必要」であったか、と言えば僕は首をかしげたくなります。

 確信犯的にこのタイミングを狙ったのであれば、僕は行動そのものに同意しかねます。3年後、5年後、10年後、日中両国民が、事件を冷静に見ることができるようになってからでも良かったのではないでしょうか。

 今回の彼の行動によって、国民は被害を被ったかどうかを考えれば表向きはNOだと思います。短期的には「知りたかったことを知ることができて良かった、、、」という人もいるでしょう。映像を見た人は日本人だけではないでしょうし、それを見て日本に理解を示してくれる中国人もいるかもしれません。

 しかし、領土問題の焦点となっている場所ですから、もともと、今回の漁船の行動とは別に、「我々の主張が正しい」とする両国の主張が存在するのです。 今回の事で日本側がどんなに正しかったとしても、領土問題が解決するとは、僕には思えません。

 得られた利益は領土問題という観点から見れば極めて小さいと思います。

 そして、それ以上に影響が大きいと思うのは、その映像がどのようにして流出したかという経緯です。情報化の進んだ現在の世界において、この事についても各国の知るところとなりました。

 僕は、「どちらの行動が正しいか」という話ではなく、文民統制が機能していない事を露呈してしまったと言う点で影響が大きいと考えます。国民は被害を被っていないように見えても、日本外交の国際的な立場に影響を及ぼしたように思えます。

 特に日本は文民統制の機能不全から、過去に戦争を引き起こしてしまった歴史があります。

 国防の最前線に立つ方々には敬服しますが、その方々が各自異なる信念に基づいて行動したらどのようなことになるのか。また、日本の国防は、政府の意図とは別の行動をとりうるのだと各国から認識されるとすれば大きなマイナスだと思います。

 また、「大臣辞任」なんていう責任論が国会でなされ、国会が混乱している事も、僕には時間の空費に感じられます。国は被害を被っているように感じます。 

 マイケルサンデル教授式に設問を置き換えれば、

『正しいと信じた(そして同時に、多くの国民が指示する)目的を達成するためには、どのような手段でも正当化されるのか。』

という事になります。

 僕の考える「正義」には、目的のみならず、それを実現する過程、手法、結果まで、全てが含まれます。

 宗教的にどれほど「正しい」と考えられる目的があったとしても、「それを実現する為のテロリズム」は正当化されません。

 全てを評価の対象とした上で正当化されて初めて「正義」であると言えると思います。

 今回の事は、行動の背景に共感できるような気がするだけに、僕の気持ちは沈んでしまうのです。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学 Book これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

著者:マイケル・サンデル,Michael J. Sandel
販売元:早川書房
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ねじれ国会のいいところ

ねじれていてもいいような気がするんです。

法案が簡単に通らなかったりして、効率は多少悪く見えるかもしれません。でも民主主義なんて、もともと効率の悪いシステムなんじゃないでしょうか。

効率を求めるのなら、一党、もしくは独裁者による政治の方がはるかにいいはずです。

国民全員の意見が一致することなんて、ワールドカップの応援みたいなもの以外、そうはないと思います。全国民の利益に直結するような事なんて殆どないといっていいのではないでしょうか。

一つの意見があれば、必ずそれに対する反対意見があります。支持母体の異なる政党間で意見が異なるのは当然でしょう。

でも本当に必要な法律なら、十分な説明と議論によって人は納得し、法案は成立するはずだと思うのです。

効率は悪くても、そうやってみんなで議論して納得し、方向性を決めていこう、というのが民主主義なのだと僕は理解しています。

民主主義では数の論理によって物事が決定される反面、少数意見を無視してはならない事は常に意識されなければいけないはずです。

しかし、民主党でも、自民党でも、衆参両院で与党が多数をとった時には、自分の意見をごり押しするような強引で荒っぽい議論、議決がなされていたようにも思います。

ですから、ねじれがある方が、参議院が衆議院のチェックをするという、二院制の本来の姿に近くなるような気がします。

法案を通すためには今まで以上に慎重で綿密な議論がなされるのではないか、それによって本当に必要な法律が成立するようになってほしいと思います。

甘いかなぁ。

詭弁

期限切れとなった揮発油(ガソリン)税の暫定税率についての政治家の発現で気になる議論があるようなのでちょっとヒトコト言いたくなりました。「気になる議論」というのは下記のようなものです。

『ガソリンの税金を安くしてガソリン消費を奨励しているような結果となっている。環境サミットを開催する日本が温暖化を促進するような政策をとるのはマズいのではないか。』

正直言ってそれは詭弁だと思うのは僕だけでしょうか。

揮発税率をもとに戻した時、いくら一般財源化する、といっても同じ政党内に「道路の建設や維持ができなくなる。」とのたまっておられる方もいるのです。やっぱり自動車が走る道路建設が再び始まるのは間違いなく、歩道を整備する訳ではないでしょう。一般財源化というのは環境保護の財源とするという話ではないはずです。

ガソリンが安くなったってそれによってガソリン消費が何割も増える事はないですよ。多分ですけど。ことこの件のみに関して言えば、道路をつくっちゃうのなら長期的に見てガソリン消費量は、あまり変わらない気がします。

CO2削減は大切かもしれませんが、それはそれで一つの議題として扱うべきだと思います。CO2削減のための道具として税率を使うのはいいでしょう。でも、税収維持のための詭弁の道具としてCO2削減の話を使うのはどうかと思います。