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素人的学会帰京騒動&読書

長らくご無沙汰しておりました。久々の投稿です。札幌での学会の帰り道のことです。

夕方から東京で用事があるため、朝10時に便で羽田に向かうことにしました。7時に空港行きのバスに乗り、8時過ぎには新千歳空港到着。お土産をしこたま買って、9時前には搭乗口に到着しました。時間に余裕があるので、食堂で豚丼(朝から!)を食べ、帰京の準備は整いました。

ところが、「飛行機の機体に異常が見つかりました。」とのアナウンス。僕の準備はできたのに、飛行機の準備はできていないようです。

続いてのアナウンスでは、このままでは飛ぶことができないので、「機体を整備しますが、大幅な遅延か欠航が予測されます。」とのこと。他社も含め、本日の便は全て満席とのアナウンスも同時にあり、欠航の場合には帰れません。

まぁ、飛行機を利用している以上、たまにはそういうこともあるでしょう。安全を優先してくださいね。なんてことを思いながら、午後の用事には間に合わないかなぁ、、、と家族と連絡を取り始めました。

さらに続いてアナウンスがありました。「お客様にはお待たせして申し訳ありません。皆様に空港ターミナル内で使用可能な千円のお食事券をお配りします。」ですと。

なにぃ、、、さっき豚丼食べちゃったじゃん。お腹いっぱいなんですけど、、、、。

食事券を受け取る際に確認しましたが、これは新千歳空港内で本日のみ有効とのこと、、、、。いま食べないといけないのか、、、。悔しかったのでカツサンドを食べて超満腹です。今から考えれば、食事券を使うのは数時間あとでもよかったのですが、欠航となってしまうかもしれない、という宙ぶらりんな状態で、頭は全然回っていませんでした。

出発予定時刻から1時間半ほどして、他の機体の手配がついたとのアナウンスがありました。ほっと一安心です。

搭乗時間が近づいて、搭乗口まで行くと、さらにアナウンスです。新たな機体の座席が足りず、21時半の臨時便を用意したとのこと。さらに6時間半、、、それは厳しいなぁ、、、。周りにもそんな雰囲気が漂います。するとその空気を読んだかのようなアナウンスが。

「21時半の便にご協力いただいたお客様には謝礼として2万円お支払いいたします。」

どよめきが広がりました。

「あと6時間半待って2万円もらうのとどちらを取るか、、、もう5時間待ったし、、、究極の選択だな、、、」

みたいな感じでした。これだけ遅延した中、殺伐とした雰囲気でなかったことはとてもよかったです。僕は特に臨時便搭乗を依頼されることもなく、15時発の飛行機に搭乗しました。それでも飛び立つまでには、それから1時間ほど待たねばなりませんでした。

東京に帰ってくると羽田は集中豪雨。着陸したのはいいものの、雷、雹のため空港の地上業務がストップし、飛行機も滑走路で停車してしまいました。雷雲が通り過ぎるまでの時間は小一時間ほどでした。窓の外は確かに雷鳴が轟き、大雨でした。避雷針があるのか、落雷は本当にすぐ近くだったように感じました。

なんという日でしょうか。まずは安全に飛行機を運行していただいた航空会社に感謝です。その後なんとか飛行場を後にして電車で自宅に向かいました。

しかし、この日は一難去ってまた一難です。

自宅近くでは別の混雑が発生していました。予定されていた花火大会が中止となっていたのでした。僕は荷物が多く、雨が降っているので駅からタクシーに乗ろうと思っても長蛇の列です。いつものルートは全く使い物になりません。そこで、駅を少し変えて離れたところから自宅近くまでバスで帰ることにしました。終バスになんとか間に合い、自宅近くについた時には雨もほとんどやんでいました。

丸半日かかる帰京でなかなか大変でした。

待ち時間が長くありましたが、先の状況が読めなくて落ち着かず、残念ながら、仕事は手につきませんでした。

代わりというわけではありませんが、学会に持って行った新書を一冊読み終えました。

フェイクニュースの見分け方 (新潮新書) [ 烏賀陽 弘道 ]」という、現代の情報リテラシーについて、筆者の技術を実例をもとに解説した本です。元新聞記者、ジャーナリストの著者が、プロの視点からニュースの文面、表現などに対し、批評、批判をしてみせます。そして深く掘り下げ、「このニュースの問題点は本来ここにあったのだ。」と明快に解説してくれます。とても参考になりました。

本書では、ニュースに触れたときの視点、頭の使い方、資料の活用法などにくわえ、筆者自身が参考にした本が数多く出てきます。何冊か興味があったので購入して読もうと思います。

この本を一気に読むことができたことが、今回一番の収穫でした。

それでも日本人は戦争を選んだ

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

4年位前に一度読んだのですが、改めて読み直しました。

とても内容の濃い本だと思います。

大学の先生が中学生、高校生に講義した5日間を一冊にまとめたものです。歴史に詳しくなくてもわかりやすく、語りかけるような口調で様々な視点からの歴史が語られます。

読んでいて改めて思ったのは、為政者が戦争をしたくて戦争を叫んでも、おそらく戦争にはならない。でも、自分たち(の国)を守るためには他に選択肢がないという前提で話をすると、戦争することに説得力がでてきてしまう、ということです。

でも、その前提は疑ってかかる必要があるように思います。

戦争になるとき、双方とも、正義は我にあり、と思っているはずです。米国が第一次世界大戦に参戦する際のスローガンは「デモクラシーが栄える世界にするための戦争」「戦争をなくすための戦争」であり、対するドイツ・オーストリア側は「民族的存立を防衛するための戦争」だったそうです。

(こじつけであろうとも)外に向かっては戦争を正当化するロジックが語られます。それが何かの理由で説得力を持つとき、世の中は動き出すようです。

一方で、昭和の始めの日本に「日本は戦争をやる資格のない国だ」と断じた軍人がいたそうです。水野廣徳という人。彼のロジックは以下のようなものでした。

日本が島国で領土的な安全が滅多な理由で脅かされることがないならば、日本の国家としての不安材料は経済的な不安だけだろう。外国との通商関係の維持が日本の国家としての生命線であるはず。ならば、それは他国に対して日本が国際的非理不法を行わなければ保証される。日本は武力戦には勝てても、持久戦、経済戦には絶対に勝てない。ということは、日本は戦争する資格がない。

現代にそのまま当てはめることはできないかもしれません。でも逆に当時の日本で、軍人の立場で、こんなことを考えて文章を発表するなんて、なんと腹の据わったことか、と思いました。

こういったことは、多面的に見ること、性根を据えて議論をすることが大切だと思います。

自殺予防学

 「自殺予防学 (新潮選書) 」たまたま本屋で見つけた本。著者を見ると高校の先輩ではないですか。

 確かにこういう関係のことを積極的になさっているのは知っていました。何度か医学会新聞とかでも取り上げられていましたので。さすがだなぁ、、、と思い、読んでみることにしました。

 先輩と最後にあったのは、多分、15年以上前だったと思います。渋谷でお酒を飲んだとき

「お前、論文書かなきゃダメだよ。」

とお説教されたのを思い出しました。その先輩は、 今年の一月からさらに偉くなってました。僕がもたもたしている間に先輩は雲の上の人になってしまいました。

 この本はそんな先輩が、自殺予防について熱く語る本です。

 本書ではまず、自殺の定義にはじまって、現状、自殺と精神疾患の関係、生物学的視点からみた自殺など、自殺について、様々な角度から「自殺とは何か」を浮き彫りにします。その上で自殺予防のための方法論、対策、現状、今後の課題が語られます。

 僕の普段の生活の中で、「自殺」という言葉にはあまり、リアリティがありません。この本一冊を読んでいる間に、自分のこれまでの人生で触れたことがある以上の回数で自殺という言葉に接したんじゃないかと思います。

 なので、この本一冊を読みきるのは正直ちょっと辛かったです。

 でも、多分、先輩はそういう僕のような人間に読んでもらいたいと思って書いたのだろうなぁ、、、と思いました。 それによって自殺予防の意識を持った人の裾野を広げたいと思っておられるのだろうと思います。

 その熱い気持ちがよく伝わってきました。

 同時に、大変勉強になりました。

キスカ島奇跡の撤退

キスカ島 奇跡の撤退 (新潮文庫) 」を読みました。書店にこの本が平積みにされているのを見て、以前に樋口季一郎陸軍中将を描いた「指揮官の決断(文春新書) 」を読んだときにキスカ島の話が触れられていたのを思い出したので手に取りました。

アッツ島玉砕の後、その隣のキスカ島にいた5000人を超える陸軍、海軍の兵士たちは、制空権、制海権をほぼ完全に握られた中で、米国に知られることなく、一人残さず撤退します。

この撤退を指揮したのが本書の木村昌福少将(当時)でした。

彼の海軍兵学校卒業の席次は下から二番目。「学歴」が大変重要視されていた当時の軍隊では出世などあり得ないはずの成績でした。しかし、実績を上げ艦隊指揮を任されるまでになります。そして最後には、キスカ島撤退の功績を認められ、大将の次、中将にまで上り詰めます。大佐より上の職位については、自身も想定しない大出世でした。

本書の中で、様々なエピソードが語られます。

給油艦「知床」艦長時代には、少尉候補生の練習航海任務後に横須賀へ帰投する際のこと。木村は独断で帰投ルートを変更し、三宅島に立ち寄ります。三宅島出身の乗員に、故郷に錦を飾らせるためでした。両親は「知床」に招待され、息子からハワイや南洋諸島の土産を手渡されました。当時、海外の土産は相当に珍しいものであったことでしょう。

また、攻撃した敵の輸送船から降ろされたボートへの砲撃を「撃っちゃいかんぞぉ」と、身を挺して止めたエピソードが記されています。そして、6隻の敵輸送船の全てから人員が退去し、安全な位置まで避難したことを確認してから沈没させたそうです。これを見た部下は感激したといいいます。

「たとえ戦意を喪失した者や非戦闘員であっても、戦場で敵側の命を守るために、身を挺してその前に立ちはだかるなど、ふつうの人間にできることではない。」

また、その他の場面でも、敵を撃つことよりも味方の遭難者救助に力を注ぐ場面が見られます。

「部下の人命を護りながら、できる限り敵の命を奪わず、敵軍全体を消耗させる」ことを理想とするのみならず、実践したところが偉いです。彼に全幅の信頼を寄せていた直属の部下のみならず、彼を正しく評価した人たちも偉かったと思います。

キスカ島撤退作戦は二度にわたって出撃します。濃霧の中を米軍に知られることなく全員撤退するというミッションインポッシブル。気候の条件に大きく左右されるなか、一度目の出撃では、海霧の発生が見込めないと判断し「帰ろう。帰ればまた来ることができるからな。」と言って作戦中止を決定します。

二回目の出撃ではいくつもの幸運が重なりました。

自艦同士の接触事故のため予定の日程7月26日から29日に遅れます。26日は敵艦隊が待ち構えていました。

その26日。敵艦隊はレーダが探知した島の反響映像を日本艦隊と誤認し激しい砲撃を仕掛けました。この補給のため、作戦決行の当日、米艦隊は補給のためキスカ島を離れていました。

そして29日の当日は作戦に絶好の濃霧でありながら、湾内入ると霧が晴れ、5000人を超える兵士の撤収がわずか50分で完了します。完璧なる任務遂行でした。

その後、キスカ島撤退をつゆ知らぬ米軍は、アッツ島玉砕と同様の激しい戦闘を想定します。100隻近い大艦隊でキスカ島を取り囲み、南西から人形を用いた偽装の突入まで行いながら、西側から34426人が上陸しました。「守備隊が健在である」という思い込みから各地で激しい同士討ちがおき、死者25人負傷者31人を出します。戦果は島に残された犬3頭のみ。「太平洋戦争アメリカ海軍作戦史」には「史上最大の最も実践的な上陸演習だった」と記されているそうです。

取材し、執筆に当たった筆者が木村昌福の人物像に心酔していることに共感出来る本でした。


今年印象に残った本

 今年は新書、とくにビジネス系の新刊を避けて本を選んだつもりでした。感想文を書いたのは12作。月一作の割合ですから、ちょっと少ないです。振り返ってみると例年より小説が多く含まれていました。その中で印象に残ったのは「コンテナ物語」「人類進化700万年の物語」「指導者とは」「科学革命の構造」の四冊でした。

 「コンテナ物語」では、運送会社の宣伝などでもありますが、近年、物流システムの発達により、商品の製造地と消費地を低コストで直結できるようになりました。これを実現するための鍵となったのがコンテナの発明であったことが、本書を読むとよくわかります。コンテナの発明とその利用により、物流システムは低コストで効率良く機能する方向に進化を遂げました。結果的に見ればその通りですが、その過程には試行錯誤、失敗に終わったアイデアが数限りなく存在します。その失敗経験があるからこそ、最も良い効率をあげられる方式が生き残れたと言えます。 効率改善のための進化ではあっても、その過程に効率を求めることはできないのだと思いました。 

 人類の進化も同様で、我々人類は効率的に進化してきたのではないようです。地球上に進化してきた人類は27種に及ぶけれど、現生人類は1種類しかいないとされています。残りの26種類はなぜ生き残れなかったのか。我々はなぜ生き残ることができたのか。単に「優れていた」ということではないようです。いろいろな選択肢がある中、未熟なまま生まれるというリスクと引き換えに、大きな頭脳と長い幼少期を獲得するという、我々の祖先がとった選択が奏功し、我々は他のどの生物よりも長期わたり、多くの事項を学習できるようになりました。これが生き残りのカギとなったというのが、「人類進化700万年の物語」の主張だと理解しました。

 さらには、我々の科学についての考え方、科学観の進歩も同様であるかに思えました。「科学革命の構造」は現在の科学観が新しい科学観に置き換えられる時、それはいかにして実現されるのかについて考察した本です。 一つの科学観に基づく知見が蓄積されるにつれ、議論がつくされ、成熟した世界観を提示されます。しかしその中に少数の問題が明らかとなります。これらは様々な試行錯誤をかさねても、これまでの科学観では説明しきれません。そこに新しい科学観が必要とされる機運が高まります。新しい科学観は、古い科学観では説明できないいくつかの事項を説明可能にします。しかし、はじめのうちは、ぎこちなく、激しい攻撃にさらされることも多々あるようです。そのまま消えてしまうこともあるでしょう。それを生き延びた新しい科学観は世の中にあらたな視点をもたらします。筆者は、新しい科学観を提唱しそこにいたるまでに必要なものについて以下のように説きます。

「いずれは成功するであろうという信念を持たねばならない。その種の決断は、ただ信念によるのである。」

 上記のいずれにも共通するのは、後から見ると当然のことのように思えるものでも、その時、その時代には「正解」はわかっていません。この時に行われていたことは、様々な試行錯誤が繰り返し行われていることでした。 現在から過去を振り返れば自明のように感じられるものでも、未来に向けての決断は難しいものです。簡単に「正解」を導きだすことはできないのでしょう。

 「指導者とは」ではドイツ宰相アデナウアーの言葉として、

「きみと私の違いは、私が正しい時に正しい決断をしたことである」

という言葉が紹介されいました。 「指導者とは」では、歴史に名を残すような偉人たちでも、間違える実例も同時に示されています。それでも、彼らは諦めず自分の信念に忠実に、信ずるところを実行していきます。そしてその信念の正しさは時がたって初めて皆に認められていきました。紹介されている指導者達の辞書に「諦める」という言葉はないかのようです。 過去を学ぶ過程において効率を求めるのは、大切だと思いますが、後から評価されるような仕事をしようとするときには粘り強さがキーになっていると思いました。

 自分の行動に反映できるのは強く信じられることを見つけること、そして実行すること、諦めないこと、なのかなぁ、と思いました。

 問題は、僕がそんなに強くないことなのですが、、、。




スエズ運河を消せ

今年は新書でない本を読もうと思って読書をしてきました。理由は特にありませんが、いかにも「読者が飛びつきそうな企画」ですね、という感じの新書を読みすぎて、やや食傷気味だったからかもしれません。

で、今回は「スエズ運河を消せ―トリックで戦った男たち 」を読みました。かなり分厚くて読み応えがありました。

秀吉の墨俣城や石垣山城のような偽装を始めとする様々なトリックを用い、第二次大戦の北アフリカ戦線で活躍したというマジシャンの話です。

マジシャンの名前はジャスパー・マスケリン。マジシャンの家系に生まれ育った彼は、戦闘の神様と言われたロンメル将軍率いるドイツの精鋭部隊を相手に苦戦するイギリス軍に加わりました。

最初は相手にされなかった彼は、実績を積み上げ、徐々に大きな仕事を任されていきます。

そしてマジックギャングと呼ばれる仲間たちと港を移動させたり、スエズ運河を消したり、「戦艦」を海に出現させたりと様々な作戦を成功させます。

ギャングのメンバーはやさしい学者のフランク、無口な画家のフイリップ、遊び人のマイケル、堅物のジャックなど、それぞれ個性的で物語を彩ります。

クライマックスは最後の「バートラム作戦」でした。

イギリス軍が南から総攻撃をかけてくると思わせておいて、北側から総攻撃をかけることにより、ドイツ精鋭部隊を分断するというもの。バートラム作戦の効果もあり、最終的にイギリス軍はこの戦いに勝利します。

彼が「戦争に参加したい」と思ったのは何故なのか、本書に描かれる彼なりの戦争参加を通して、彼が何を得たかったのか、何を得たのか、というところには重たいテーマが隠れていそうにも感じます。物語はそこに焦点を当ててはいないので、歴史小説的な感じで楽しく読めました。

人は見慣れているものには注意を払わないので、細かい変化を見過ごすようになってしまうのですね。場合によっては、見たいと思ったとおりに見えてしまうことすらあるのだということがよくわかりました。

科学革命の構造

科学革命の構造 を読みました。1971年に初版が刊行され、2013年に第38刷が出版されています。長く読み継がれている古典的名著ということになろうかと思いますが、これまで全く知らない本でした。これを知ったきっかけは、診察時に患者さんと話をしていて勧めていただいたことでした。読んでみると、僕にとっては極めて難しい。本を開いたまま、何度「落ちた」ことか、、、。

それでも、「読んでみます。」といってしまった手前上、「難しくて読めませんでした。」では、あまりにカッコ悪いので頑張って最後まで読み通しました。

「あの本読みました。」というからには、どのくらい理解できているかもまた、別の、そして深刻な問題です。まずはとりあえず、今の時点での僕の理解を、ここでまとめておこうと思います。

本書は、科学史の研究に基づいて、科学の進歩がどのように起こるかについての一般化を試みたものです。筆者は

酸素が見つかる過程と、それまでの仮説「燃素説」
化合物と(水溶液は金属の)混合物の違い
電気の存在と性質
万有引力の存在と性質
地動説と天動説
相対性理論

などの事例をあげながら詳細に検討していきます。登場人物は、アリストテレス、ガリレオにはじまり、ドルトン、プトレマイオス、コペルニクス、ケプラー、ニュートン、プリーストーリー、ラヴォアジェ、アインシュタインなどなど。筆者はもともと物理を専門としているからでしょうか、物理、化学系の事例が多いように思いますが、綺羅星のごとくの天才たちです。この天才たちにより、上記のようなテーマが、かつて、どのように考えられていたのか。そしてその後、その考え方はどのように新しい考え方と置き換えられたのか。その時科学者たちはどのように行動したのか。詳細に検討されます。

そしてこの著作により、パラダイムという言葉が定義されました。筆者によると、科学は階段状に進歩します。通常は過去の知見に基づいた新たな知見が積み重ねられ、ゆっくりと進歩します。これを通常科学と呼びます。通常科学の時代が長く続くと、これまでの考え方では説明のつかない知見も積み重ねられます。これらに対し、新たな視点が与えられ、これまでとは全く違う考え方に基づく業績が数多く報告される時が訪れます。筆者はこれを科学革命と呼びます。

この通常科学、科学革命における、それぞれの『科学的世界観』を筆者はパラダイムと名付けました。筆者によれば、パラダイムの定義は次のようになされています。パラダイムは、『一般に認められた科学的業績で、一時期の間、専門家に対して問い方や答え方のモデルを与えるもの』ということになります。

古いパラダイムでの知見が蓄積されるにつれ、議論がつくされ、成熟した世界観を提示されます。しかしここには常に、このパラダイムでは説明しきれない少数の問題が明らかとなります。そこに新しいパラダイムが必要とされる機運が高まります。新しいパラダイムは、古いパラダイムでは説明できないいくつかの事項を説明可能にします。しかし、はじめのうちは、ぎこちなく、激しい攻撃にさらされることも多々あるようです。筆者は、新しいパラダイムを提唱するときに必要なものについて以下のように説きます。

「古いパラダイムで解けないものはごくわずかであることは知っていながら、新しいパラダイムが直面する多くの問題を解く上で、いずれは成功するであろうという信念を持たねばならない。その種の決断は、ただ信念によるのである。」

信念に基づく行動というのは、後から高く評価するのは簡単ですが、実際にはとても大変なことです。よく「新たなパラダイムの創出」なんて言葉を学会ではよく聞きますが、その提案は、実際のところ大変なことなのだと改めて思いました。

指導者とは

指導者とは (文春学藝ライブラリー)を読みました。

 

正確に言うと二回目です。一回目は、今から約30年ほど前、本書が出版された頃に読みました。その後、その本を友人に貸したりしているうちに何処かに行ってしまいました。非常に強く記憶に残っていたので、また読みたいと思っていたら、文庫版として復刻されているのを知り、おもわず購入してしまいました。

 ニクソン大統領はウォーターゲート事件で辞任した大統領として有名ですが、ベトナム戦争を集結させたり、冷戦時代に米中和解の道筋をつけるなど、大きな功績を残しています。本書で描かれるのは、そのニクソン氏が、自身の政治家人生のなかで、個人的レベルまで親しくなって交流したり、政治的な問題で交渉したりした世界各国の指導者たちです。ニクソン氏は、彼らの特質を明らかにし、氏の考える国家の指導者に必要な特質を明らかにします。

 

そんな本書の魅力は描かれる指導者たちの魅力に大きく依存しています。全員、第二次大戦前後の激動の時代を生き抜いた人たちです。歴史の教科書などでしか見たことのないような人たちとの、実際の交流が描かれるのですから、歴史の現場を垣間見たような気がします。

 それぞれの人たちについて語られているなかで、印象的なものを抜き出してみました。

ウィンストン・チャーチル
 『政治の世界での敗北は、本人が打ちのめされ政治をやめるまでは致命傷になり得ない。そしてチャーチルはやめるということを知らぬ男であった。』

シャルル・ドゴール
 『個性と言えば、強い倫理性や不屈の意志を考える人が多いだろうが、ドゴールが意味するのは高い理想と意志実現に賭ける情熱である。』
 ドゴールからイラン国王パーレビへのアドバイス『全力を尽くして独立独歩しなさい。』
 ニクソンと周恩来の間でのドゴールについての会話『十二年間の在野時代がドゴールの個性を育てたのだというと、周恩来もうなずき、平坦な道を歩くだけでは力はつきませんからねと答えた。』

マッカーサーと吉田茂
 『マッカーサーはアメリカ史上の巨人だった。』
 『吉田は戦後世界の『謳われざる英雄』の一人だろう。』
 『マッカーサーの高遠なビジョンがなければ、戦後の日本の大改革はあり得なかった。だが、吉田が、慎重に細部まで目を配らなければ、そうした改革はいたずらに日本を混乱させ、混沌に陥れていたに違いない。』

コンラート・アデナウアー
 アデナウアーの言葉『きみと私の違いは、私が正しい時に正しい決断をしたことである』
 『被占領国の指導者には、条件つきの支配権しかなかった。外に連合国、内に野党という批判勢力を持つアデナウアーには、良識とともに、粘り強い鋼のような忍耐力が必要とされた。「敗者にとって最大の武器は忍耐だ。忍耐力なら私は誰にも負けない。もう少し待とう。」』

ニキタ・フルシチョフ
 『私がこれまで会った世界の指導者の中で、その猛烈なユーモアのセンス、その知的柔軟さ、ねばり強い目的意識、権力へのあくなき意志において、フルシチョフに匹敵するものは一人もいない。』

周恩来
 ニクソン大統領の中国訪問は世界を驚かせ、ニクソンショックと言われました。その時に直接交渉に当たった周恩来の印象。
 『私は周とのサシの公式会談だけに十五時間以上を費やした。その間、周の四つの長所から強い感銘を受けた。それは彼の粘り、準備、交渉術、それに圧力の下にあってもなお崩れない冷静さである。』
 『周の穏やかな自己批判はかえって円熟した自身の表微に他ならなかった。』

 全体を通して思うことは、思索と行動のバランス、そしてなにより粘り強さが大切だということでした。国の指導者にはなり得なくても、自分の指導者として自分を律しようとするときには参考になるところが多々ありました。時間をおいてまた読み返してみると、新たな発見があるような気がします。

 それにしても、今から30年前、本書の中で、ニクソン氏はすでにこう語っています。いかに本質を見抜いていたことかを実感します。指導者かくあるべし、というコメントだと感じました。

『アメリカが世界の国々と付き合うに当たって最も犯しやすい過ちの一つは、外国の政治を西欧民主主義の基準で測り、あらゆる文化を西欧の基準で割り切ることである。』




アデナウアー

アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書) 」を読みました。僕がこの名前を知ったのは、大学生の時。知り合いに勧められて読んだ本に登場し、強烈なリーダーシップをとったことが書かれていました。それ以来、名前だけ記憶の片隅にあったのですが、たまたま書店で本書をみつけ、歴史の勉強もたまには悪くない、と思い読んでみることにしました。

アデナウアーという人がドイツの人達にとってどの位「ビッグ」なのかを示すエピソードが冒頭に描かれます。

2003年11月、ドイツで視聴者参加型ランキング番組が放送開始となりました。その第1回企画では「私たちのベスト」と題し、最も偉大なドイツ人を選んだそうです。

僕なら、ドイツ人で思い浮かぶのは、バッハ、ベートーベン、その他キラ星のごとくの音楽家達、ゲーテ、ヘッセといった文学者、ニーチェ、カント、マルクスと言った哲学者、ガウス、ケプラー、アインシュタイン、レントゲンと言った理系の人達、、、そんなところでしょうか。政治家として名前を知っているのはビスマルクは聞いたことがありますが、アデナウアーをまずはじめにあげる日本人は少ないと思います。

それだけ多くの「ベスト」が存在する中、ドイツ人は自分たちの「ベスト」としてアデナウアーを選んだのでした。

視聴者参加型ランキング番組は大変楽しいものです。多くの人が何を考えているのか、ワクワクしながらみることのできるバラエティ番組です。その結果を直ちに一般化することはできないでしょうが、「ベストの1人」とされていることに間違いはなさそうです。そして、本書を読むと、それに値する政治家であったことがよくわかります。

アデナウアーは第二次大戦後、西ドイツの初代首相となりました。

かつて、ドイツは「中欧の大国」としてふるまっていました。東西間を天秤にかけながら行き来したり、西欧を出し抜いてロシアと手を結んだり、中欧と東欧を勢力圏におさめようとしたりといった政策が、ドイツの外交の特徴とされていたそうです。これがアデナウアー以後、西欧を裏切らないドイツとなります。この「西側結合」「西側統合」と表現されるアデナウアー外交は、ドイツ外交の歴史における「革命」とも評される変化だとのこと。今はドイツは西側諸国のなくてはならない重要なメンバーですが、そうなったのは最近のことだったのですね。その道筋をつけたのがアデナウアーでした。

アデナウアーは同時に国際社会への復帰、経済復興も実現します。「過去の清算」については、その出発点を確実なものとします。

筆者は、「乱暴に言えば」とただし書きつきながら、アデナウアーの戦後の功績は、「吉田茂+鳩山一郎+岸信介+池田勇人」の役回りを全てになったものだと言います。すごすぎ。でも、読み進むと、さもありなんと思ってしまいます。

奇跡の老人と評されることもあるようです。

本書で見ると、本文217ページのうち、62ページまでで69歳になっています。首相に就任したのは1949年、73歳。1940から1950年代の70歳台って、相当な高齢者です。その後、引退したのは実に87歳だったというのですら、確かに「奇跡の老人」と言っていいですね。この意味では先の人名に加え、「+日野原重明」としてもいいかもしれません。

本書では、このアデナウアーによってドイツがどう変わったのかが、功罪まで含め、冷静に描かれます。

見習うべきところが沢山あると思いました。

最後に、日本人の「ベスト」は誰になるのだろう?と考えました。答えはありませんが、これを選ぶとき、その人の偉大さに加え、選ぶ人の意識も重要な要素になることに気づきました。



人類進化700万年の物語

人類進化700万年の物語 私たちだけがなぜ生き残れたのか 』を読みました。いわゆる「古人類学」の一冊。僕が高校生だったころ、猿から人への進化はミッシングリンクと呼ばれ、その中間が見つからないとされていました。JPホーガンの「星を継ぐもの (創元SF文庫) 」はそこに焦点を当てたSFの名作です。

当時、学研社から発売されていた、緑色の表紙だったと記憶している生物学の参考書に、、、だったと思いますが、最古の人類としては、アウストラロピテクスが紹介されていました。そしてその頃、新聞では、猿と人類をつなぐと思われていたラマピテクスは人でなく、オランウータンの祖先であることが判明した、、、なんてのが新聞に出ていました。

時代は下って、僕が水戸で研修医をしていたころ、「アイスマン」が発見されて話題になりました。古人類学ではないけれど、アルプス山中で発見された、数千年前の遭難者(?)です。死亡当時の持ち物、外傷の具合などから、当時僕が読んだ本では、「部族間の争いに巻き込まれ、山を越えて逃亡する最中に死亡したという説」が説明されていましたが、現在でもイロイロな学説があって研究が続けているようです。その本では、他にも、整形外科的疾患を患っていたり、寄生虫を持っていたり、そんなところから、当時の文化、生活習慣などに切り込んでいました。

アメリカ留学中には、ホモ・フローレンシエンシスという人類が発見されてかなり話題になったことがあります。インドネシアの小さな島で生物の進化全体がサイズ縮小の方向に進み、そこに『小人』と称して良いようなサイズの小さな新種の人類が一万数千年前まで生存していた、、、、。イスラエルからの留学生がものすごく興奮して話してました。

何となく、そんな話にロマンを感じ、時々この手の本を読みたくなります。そんな動機で本書を手にとりました。最初に思ったより歯ごたえがあり、時間がかかりましたが、、、。

本書は、副題にあるように、「ヒトにはなぜ、ヒトしかいないのか?」という問いに対するものです。

地球上に進化してきた人類は27種に及ぶけれど、現生人類は一種類しかいないとされています。人類の進化をひも解くと、あるとき出現した極めて珍しい一種が、過去数百万年の間、他の種を生み出すことなく進化を遂げてきた、、、というわけではないことがわかります。過去、地球上には複数種の人類が同時に存在していました。そしてなぜか我々が生き残ったのです。

なぜか。

本書はそれについて語った本です。結論はまだ出ていないのだろうと思います。ここで語られているのは1つの仮説、物語に過ぎないのだろうと思います。少なくとも、僕はこのジャンルの学問を詳しく勉強したわけではないので、この物語がどのくらい「定説」なのかはわかりません。

でも、十分に魅力的でした。

イロイロ面白いと思うところはありましたが、自分が一番オモシロイと思ったところを僕なりに表現すると、「人類はある種のアンチエイジングによって生き残り戦略に成功したと考えられる」ところです。

本書によれば全ての「人」に共通する道の祖先から、「人」は三つの方向に進化しました。古代人類、頑丈型人類、華奢型人類。

人類が人類となるために必要だったことはまず二つです。それは、足の親指の形態変化と飢餓への適応でした。

人類の足の親指つき方は猿と大きく異なります。これが、森林で足で木の枝をつかめなくする一方で、平地での二足歩行を容易にしました。そして同時に飢餓状態に適応するため、知能と社会性を発達させていったのでした。

アフリカにいた古代人類はなぜか絶滅します。

その後生き残った人類とされる「類人猿」には華奢型と頑丈型に分かれます。華奢型はあごが小さく、蛋白質などの食事を好み、大きな脳を持ちます。頑丈型は根茎、ナッツ等が食べられるような頑丈なあごを持ち、脳の大きさはそこそこ。一方で比較的なんでも食べられます。様々な食料供給が潤沢な場合は潤沢な場合はどちらでも生き残れます。

ある程度安定しているときは頑丈型が有利です。しかし、供給が極端に不安定になった時、安定供給を得るためには賢くなる必要がありました。しかし、大きな脳は出産の妨げとなります。様々な選択肢があるなか、華奢型人類は未熟な状態で子孫を出産する道を選んだ。生まれた後に脳がさらに大きくなります。しかし、体は未熟です。未熟な子供が生まれることは生物の自然選択から考えれば危険な道です。子孫を残すために、危険から守るために、育てるために、大きなエネルギーが必要になる。次世代に残せる子孫の数も限られます。

このようなリスクの代償として人類は1つの特殊形質を獲得します。そしてそれにより1つの発明をします。

特殊形質の名は、ネオテニー。

ネオテニーの日本語訳は「幼生成熟」と言います。つまり体に未熟なところを残したまま性的に成熟することを言います。ヒトの頭が大きいところ、体毛が少ないところなどは外見から見て猿の胎児によく似ていると言います。ただ、筆者が強調する人類ネオテニー説は外見の未熟性についてではありません。

この未熟な状態で生まれた人類は、ネオテニーと合わせて、自然界ではあり得ない、極めて長い幼少期を「発明」したことが、人類が生き延びる大きなポイントであったと筆者は主張するのです。これによって、人類は極めて長い間「学び続ける」ことができ、それを効率よく次世代に伝えることができるようになった。

なるほど。大人になっても「学べること」は、幼生成熟の体現であるのだな。そう言えば、学び続けている人には若々しい人が多いように思います。

学び続けることは1つのアンチエイジングにつながりそうな気がしました。

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