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日記・コラム・つぶやき

新旧交代

 もうずいぶん前のことになりますが、たしか「ここまでくるのに30年かかりました」という感じのコピーの新聞広告を見たことがあります。
 
 広告の写真は2台のポルシェ911。一台は初代ポルシェ911。もう一台は最新型のポルシェ911です。デザインコンセプトはほとんど変わらず、互いにそっくりです。
 
 わずかのように見えても、着実に進歩を遂げてきたという事実、そのわずかな進歩をとげるために注ぎ込んだ膨大なエネルギー、そしてその方向は正しかったのだという確信に裏打ちされた自信、今後も進化を続けていく決意のようなものを感じました。
 
Photo_2
 
 残念ながら、そんな素晴らしい表現力は僕にはありません。でも、この写真を撮りながら、そんなことを思い出しました。

 バッグはいずれもTUMI社のALPHA 2 BUSINESS (コンパクト・ラップトップ・ブリーフパック)です。

 右側のちょっとヨレっとした方は、5年前の2011年、サンフランシスコで米国肝臓学会議が開かれた時に購入したものです。以来、ほとんど毎日このバッグを使い続けてきました。ポケットの数が多く、機能的です。それぞれに役割を持たせることで、だらしのない僕でも持ち物の整理が楽にできるようになりました。週に1〜2度の自転車通勤でも大活躍。ちょっとの雨でも防水はバッチリです。中が濡れることは全くありませんでした。
 
 4年数か月の間、ほとんど毎日使い続け、僕のほとんどが詰まっていると言えるくらいになりました。実際、大丈夫と思って他の鞄で出かけ、思わぬ忘れ物に気づくことが何度かありました。今では他のバッグで外出するときはちょっと不安になるくらいです。
 
 これだけ使っていると、さすがに最近、傷みが出てきました。まず、ショルダーストラップのつけねの部分がほつれてきました。今では時代物と言われかねないような、重たいノートパソコンを入れて毎日持ち歩いてきたから仕方ありません。さらに、そして一番使うジッパーの引き手(金属製)が擦り切れて折れてしまいました。そんなわけで、そろそろ別のバッグにしようと思い始めました。
 
 けれども、自宅の他のビジネスバッグで代わりになるものはありません。新しいバッグを買うことにしましたが、なかなか気に入ったものが見つからず、結局同じモデルのものを購入しました。
 
 これまで色々なカバンを使ってきましたが、二代続けて同じバッグを使うのは初めてです。
 
 新しくやってきた彼の形はほとんど変わりません。このカタチがいいんです。お隣の年季が入った彼に比べて、まだ初々しさがありますね。改めて見てみると、ちょっとだけ幅が広くなりました。小ポケットの幅も広くなり出し入れしやすくなりました。また、内部にはIDロックと言う、カード情報などをスキミングされないようにするための個人情報保護ポケットが新たに追加されています。
 
 外見はほとんど変わらず、でも確かに進化していて、前出のポルシェの広告を思い出したというわけです。
 
 これからも毎日お世話になります。よろしくお願いします。

学会後男二人飯

  学会後、同僚と別れて男二人飯。学会前後の男飯は心に残ることが多い。かつての知己とじっくり話をするからだと思う。今回、食事を共にしていただいたのは 先輩。共に同じ病院で研修医として同じ釜の飯を食べた兄弟子。でも、不遜を承知であえて言わせていただけば、心の戦友である。

 二人で会って話をするのは数年ぶり。5年くらいは経っているだろう。前回のとき、兄弟子は大きく飛躍した。それをお祝いしたのだけれど、この5年の間、兄弟子はさらに大きく飛躍した。僕は亀のようにゆっくり歩いている。兄弟子にも引っ張ってもらっている。未だに。

  振り返ってみれば出会ってから四半世紀になる。当時は二人とも研修医だった。共に過ごしたのは今から考えれば一年半ほどだったと思う。そんなに長くない。 でも、とても充実していたし、もっともっと長かったような気がする。話していると当時のことがフラッシュバックする。話題にならなかった思い出もたくさん ある。恐らくそれは兄弟子も同じであっただろう。

  僕たちが学んだ病院は地方の基幹病院だった。朝から晩まで仕事に追われて生活した。勉強嫌いだった僕を触発してくれたのは、兄弟子と僕たちの指導医の先生 方だった。みんな学術的な意識が高かった。インターネットなんて言葉も存在しない時代から、指導医の先生(師匠)はnature, science, Gastroenterology, Hepatology, Radiology, annals of internal medicineなどを全て自費で購入し、いつも持ち歩いていた。置き去りになったそれらの学術雑誌を見て、師匠が先ほどまでそこに確かにいたことを僕たちは知るのだった。大学病院でもない、一般の病院の先生で、そんな人、今で見たことがない。いや、大学にだってそうはいないだろう。兄弟子も当時から異彩を放っていた。抄読会でフランス語の論文を紹介したのは兄弟子以外に見たことがない。

  本当に自由な雰囲気だった。あの頃は楽しかった。サッカーもやったし、飲み会もした。今から考えれば大変恵まれた環境だった。その後は互いにまったく違う 道を歩んできた。兄弟子は僕とは全く違う畑で、いろいろな困難を乗り越えビッグになった。参考になる話をたくさん聞かせてもらった。

 せっかくなので、備忘録的に印象に残った話を記しておこうと思う。
  一つ目は、過去のキャリアを次に生かすこと。過去の経験が将来どんな形で生きるのか、それはその時にならなければわからない。でも、兄弟子の話を聞いてい て、それはどうも受動的なものではないように感じた。過去の経験が「生きる」のではなく、意地でも「生かす」という必死さがそこにあるような気がした。

 二つ目は目標に直結しない努力が、目標を達成する時には大きな力となりえる、ということ。裾野を広くする努力は地味だし、目標を見失いがちだけど、大切なのだと感じた。

 三つ目は物事は始まる前から結論が出ていることがあるということ。情報と事前の準備が大切だ。漫然と前を向いていても、目標が達成できるとは限らない。結果を出すことに真剣に向き合う姿勢だけでなく、そのための戦略を真面目に考える必要があると思った。

 みんな当たり前のような話だけれど、兄弟子に言われてストンと心に落ちたような気がする。

 そして最後に、「他人を信じなさい。それ以上に自分を信じなさい。」という言葉をいただいた。自分を信じて、もうちょっと頑張ってみようと思う。

 力をいただいた夜だった。

サクラサク 2

 長女の中学受験が終わりました。

 僕は、入試が始まってから発表が終わるまでの数日間、心配で仕事に手がつかない感じでした。この点、子供の方が度胸が据わってましたね。間違いなく。3年ほど前に長男の中学受験がありました。この時は家族みんなが納得する結果で終わりました。だからだと思います。今回の受験準備を始めるときには「経験者」であるように感じていました。

 僕には「中学受験はこうやれば上手く行く」みたいなものが見えているような気がしていました。でもそれは、全くの間違いでした。受験勉強が本格化する前には偉そうなことを言っていたわりに、気づいたときには自分が何をして応援したら良いのかわからなくなっていました。改めて考えてみれば、前回だって頑張ったのは息子で、僕の実質的貢献はほとんどなかったはずです。なのに、結果だけ見て、いつの間にか自分の手柄であったかのように思い、大きく貢献できそうに勘違いしていたみたいです。

 もし何らかのサポートができたとしても、長男の時と同じはずはありません。兄妹とは言っても、当然ながら別の人格ですものね。全てが違って当然のはずです。そんなことにもあらかじめ気付いていなかったなんて、慢心していたとしか言いようがありません。

 今回、受験期間中に不安が大きかったのはそのためだったのだと思います。

 ただ、しばらくたつと、今回の経験も自分の手柄として、都合の良いように記憶を変容させてしまうのかもしれません。今度はそうならないよう、よく反省して心に留めておきたいと思います。

 それにしても、今回、娘はよく頑張りました。4月からは新しい学校にお世話になります。たくさんの友達と出会って、良い経験をしてたくさんもらいたいと思います。 

 僕の方は、これで昨年8月から願かけで続けていた禁酒の解禁です。父親の禁酒なんて、娘にとっては迷惑なだけだったかもしれません。ほとんど僕の自己満足にすぎません。でも、それくらいしか僕にできることはなかったのです。

 (親バカであることを認識しつつ、)子供のたくましさを感じた良い経験でした。

明けましておめでとうございます

新年  明けましておめでとうございます。
 昨年は大変お世話になりありがとうございました。
 今年は申年。僕の名前の父からもらった一文字はニンベンに申。他人事とは思えません。

 猿は外見が人と似ているため、賢い動物とされる一方で、智恵のたりない動物として蔑まれることも多いようです。

 そんな猿をたとえに用いて、かの本田宗一郎はこう語ったそうです。
「猿が新しい木登り技術を学ぶために、ある試みをして落ちるなら、これは尊い経験として奨励したい。」
 ここ最近を振り返ると、年々仕事が忙しくなってきていることを言い訳に、守りに入るのみならず、自分の守備範囲まで狭めてきたように思います。
 生まれて五十一年目となる今年は、この猿のごとく、失敗を恐れず、前に一歩を踏み出す一年としたいと思います。
 本年もよろしくお願いいたします。
平成二十八年元旦

10年

10年前には全く意識しなかったのですが、今年は色々な節目の歳だったようです。
一つは自分の年齢が50歳になったこと。これは誕生日が来れば否応なく自覚させられます。
幸いにして、肉体の衰えはまだあまり自覚していません。ただ、歯医者に行った時、若い歯科衛生士のお姉さんから「加齢性の変化ですね」と説明を受けましたから、客観的にはそれなりなのでしょう。自覚が足りないというのは僕らしいと、自分で思います。その辺はあえて鈍感なまま、これからも頑張っていきたいと思います。
もう一つの節目は、今の職場に就職して10年目になったということ。これは人事課からそういう通知が来て、「そうか、、、」と、実感しました。これまで千葉→水戸→横浜→東京→水戸→千葉→NYC→川崎と職場を変えてきましたが、気がついたら一番長く働いている職場となりました。
最初は知り合いなんて全くいなかったのに、最近では色々なところに知っている人がいるようになりました。10年もいると馴染むものですね。10年も使っていただいてありがたいことだと思います。少しでも恩返しをするために、今いる環境をより良いものにできないかと日々思っています。
そして最後の一つの節目は米国肝臓学会のメンバーになって10年経ったということです。これは米国肝臓学会からそういうお知らせが送られてきて知りました。2005年より前にメンバーになっていたように思うのですが、記憶違いかもしれません。10年もメンバーなのにあまり貢献できていないなぁ。でも、日本の学会にもあまり貢献できていないかも。そうすると僕は一体、、、。
次の10年では職場の内外で貢献度を上げることを目標にしたいと思います。
次の10年が経った時、僕は、昔なら赤いちゃんちゃんこを着て祝った年齢になります。その時に「自分はこれをなした」と振り返ることができるようにしたいと思います。

しばらくご無沙汰しておりました。

 しばらくご無沙汰しておりました。その間に50歳になってしまいました。

 50歳という年齢でいつも思い出すことがあります。

今からちょうど30年前。僕が20歳だった頃。このとき、僕の父は50歳になりました。僕は父が30歳のときの子供なので。

その日は多分日曜日でした。父は職場の結婚式に呼ばれていました。父はどこか落ち着かない感じでした。その式ではスピーチを頼まれていたようです。父は常々人前で話すことが苦手だと言っていました。

「今まで人生について語るなんておこがましいと思っていたけれど、50歳になったからそろそろ人生を語ってもいいだろう」

なんてブツブツと言いながら、気もそぞろという感じで着替えていました。それを聞きつけた僕は父に言いました。

「すごいね。半世紀も生きてきたんだね。」

「馬鹿者そんなこと言うな」

父は苦笑しながらそう答えて家を出て行きました。

あのころの自分にとって50歳という数字にリアリティはありませんでした。ところが困ったことに未だにリアリティがないのです。

いや確かに、色々と感じることはあるのです。ちょとずつ老眼になってきているし、記憶力は衰えているようだし、ダイエットをしていても体重が落ちにくくなってきた気がするし、なにより頭の中のキャパが少なくなってきている気がします。

でも、まだ「のびしろ」を実感できる瞬間もあります。現実から逃避するつもりはありませんが、たまに感じられる「のびしろ」を大切に、これからリスタートするつもりで、改めて頑張りたいと思います。

正しければいいってもんじゃない

かつて大ヒットした、これからの「正義」の話をしよう 、、、という本がありました。

著者のマイケル・サンデルは様々な事例を様々な角度から粘り強く検証し、「絶対的な正義」というものがいかに存在しにくいものか、ということを示してくれました。 さらには、それを理解した上で、「絶対的な正義」について考え続けることの大切さも示されていたと思います。

「絶対的な正義」を手にすることができれば、これは強いです。なにしろ「絶対正義」です。

相手は「絶対間違い」または「絶対悪」なのです。正義の味方は悪と戦うのです。悪の秘密結社をこの世から抹殺するのが正義の味方の仕事です。

勧善懲悪。

「悪」は全否定していいのです。「悪」ですから。

この時、正義の味方は非情になるのです。正義のために。

最近、ネット、マスコミなどで見聞きする「正義の味方」による「間違いを犯した人」の批判にはそんな雰囲気を感じます。

「間違いを犯した人」に反論の余地はありません。間違いを犯してしまったのですから。まず最初にその事実がきます。自分の意見を言おうとしても、「図が高い」「反省が足りない」といった批判にかき消されてしまいます。

この議論を一歩離れてみると、「正義」と「悪」の議論のようには見えません。相手の弱みを握った人たちによる、集中攻撃みたいな感じです。

昔からある勧善懲悪って、こういうことだったのかなぁ、、、。

でも、昔の人は言っていました。

「一寸の虫にも五分の魂」

多分、全否定されて当然、、、なんて人はほとんどいないんじゃないかなぁ。

人を批判しようとする時は、冷静に、注意深くならなくてはいけません。相手をやり込めるだけでなく、相手の立場を考えて、議論の落とし所をあらかじめ想定しておくことが望ましいと思います。

この週末はゆっくりすごそうと思います。

 最近気づいたことがあります。人との会話についてのことです。

 おそらく、今、僕の生活において、会話のほとんどは、会議か、診療行為における患者さんとの会話で占められています。 この会話の特徴は、何かについて議論をし、次なる方向性について結論を出そうとするところにあります。相手も同様の目的意識を共有しています。

 そんな会話ばかりを毎日しているせいでしょうか、最近「雑談」が苦手になってきたような気がします。 「雑談」も会話ですから、言葉のキャッチボールがあります。でもそこに「会議」のような目的意識はありません。

 そんなとき、方向性のない会話に戸惑いを感じることがあるのです。 話しているうちに話題がずれていくこともあるでしょう。でも僕は前の話の結論をつけたくて、すごく納得いかない感じをもっていたりします。そこに固執するあまり話の流れに乗れなかったりします。

 そんな自分の最近の傾向に気づいたとき、いつの間にか、「なぜ雑談をすることができないのか。」「それを改善するためのストラテジーは?」なんてことを考えていました。こうなるともう、職業病のような気がします。 そして、せめてプライベートくらいは成果主義におちいることなく、ゆったりと時間を過ごそうと思ったのでした。

 

それではみなさま、良い週末をお過ごしください。

時は金なり

50年くらい前、なんにもわからなかった。
40年くらい前、楽しいとか、ツライとかっていうことがなんとなくわかってきた気がする。
30年くらい前、大した努力をしなくても、自然に進歩できるような気がしていたような気がする。
25年くらい前、自然には進歩できない気がしてきた。でも、頑張る環境にさえ身を置いていれば、自然に進歩できるような気がしていた。
20年くらい前、自分の能力のなさを、改めて実感した。
歩みがのろい。ウサギとカメに例えれば、自分はカメだな、と。
ウサギにはなれそうもないな、と。
でも、努力を続けることだけはできそうな気がしていた。
10年くらい前、地道な努力はまだできそうな気がしていた。ただ、時間が短く感じられるようになってきた。
そして今。
忙しさはこれまでで一番だと思う。ありがたいことに、周りからいろいろなことをもとめられるようになってきた(と思う)。

ただ、今求められているものは、自分が今まで求めてきたものとちょっと違う気もする。まぁ、それはそれでイイと思うことにしている。
何と言っても、求められるだけありがたい。それに自分のやってきたこととは違うことをすることで、自分も進歩できそうな気がする。今までやってきたことにプラスできるならそれは自分のオリジナリティになるだろう。
年齢を感じることもあるけれど、伸びしろはまだあると信じたい。何しろ「伸行」というありがたい名前を親からいただいたのだ。
問題は時の流れがすごく速いこと。今、自分史上最速。

僕はもうすぐ生まれて半世紀になる。
これから半世紀生きることは難しいかもしれない。このまま時の流れが加速するとなれば、ことによるとあっという間だ。でも、できるだけ長い間、登り続けたいと思う。
焦るわけではないが、やりたいことはいっぱいある(ような気がする)。時間は大切だと思う。
僕はカメだ。
今はウサギになりたいとも思わない。
ただ、ガッツのあるカメになりたい。
それにならなれる気がする。

言語化

 「はじめに言葉ありき」という有名な「言葉」があります。その深い意味を語る資格は僕にはありませんが、最近、言葉にすることの大切さを改めて感じます。

 みんなが同じ経験を同時にすることはできません。でも、それを共有できれば効率的に学ぶことができます。チームで仕事をするときには、この「経験の共有」が決定的に重要な要件となることもあります。共有することで集合知が広がり、議論が深まります。

 経験を共有するためには、それが情報化される必要があります。情報化には様々な手法があると思います。絵、写真、動画、文書などなど。音楽だってその役割を担うことがでるでしょう。

 でも、仕事の現場では通常用いられる手段は言語です。しかも、測定可能な言語化がより有用です。経験や情報を可能な限り測定可能なかたちで言語化することによって過去と現在を比較し、評価することが可能になります。それにより(近い)未来を予測することが可能になるのだと思います。

(音楽で情報共有する職場は想像しにくいですが、そういうカルチャーがあったら楽しいかもしれないと思います。)

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