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心と体

体罰について思うこと

今、マスコミで話題になっている「体罰」について。自分も2人の子供を持つ親として思うところがあります。浅薄なものですが。

体に罰、好きな言葉ではありません。

ただ、「体罰」=「悪」、「指導者の意識改革を!」と決めつけた単純な論調にはやや違和感を感じます。

なにか、わかりやすすぎて。

その違和感はモヤモヤとしたもので、自分の中でも、まとまりがありません。このままだとモヤモヤしたまま何となく消えていってしまいそうなので、甘いとは思いますが、今、自分が思っている事を記してみようと思います。

足りないところなど、ご指摘いただければ幸いです。

まず、「体罰」という言葉について。

母親が目に涙をいっぱい溜め、思わず繰り出してしまった息子へのビンタを、今、問題視されている「体罰」と同じに考える人はいないでしょう。

昨年の日本シリーズ第2戦、舞い上がってサインミスをしてしまった沢村投手の頭を阿部捕手がポカリとやりました。その後、沢村投手は立ち直り、見事な投球を披露しました。このポカリも「体罰」と呼ぶ人はいないと思います。

物理的な刺激によって「ハッ」と気づかされることもないわけではないと思います。でもそういうものが問題となっているわけではありません。

ここでは「体罰」と言う言葉は、教育などの場において行われる(行われてきた、行われる可能性のある)「身体的痛みを伴う、暴力を半常習的に用いた指導」を指すこととします。

僕が思うに、日本には「体罰を肯定する文化」があったのではないかと思います。たぶん、モヤモヤの源泉はそこにあります。

以前、本で読んだことのある野球を例にとります。(ここでさす「本」は主として「ベースボールと日本野球―打ち勝つ思考、守り抜く精神 (中公新書) 」「野球道 (ちくま新書) 」「こんな言葉で叱られたい (文春新書) 」の三冊です。)

野球道なんていう言葉もあるように、野球の日本導入の経緯では、その初期から武士道の精神を注入することが謳われていたようです。

野球が最初に導入された一高(東大)の応援歌は次の様な歌詞だったといいます。

「花は桜木 人は武士

武士の魂そなえたる

一千人の青年が

国に報ゆる其誓(そのちかい)


中略


なおその上にとぎ磨き

月日に励む腕力は

撃剣柔術銃鎗や

ベースボールにボート会」

いやいや、大変な事になってます。撃剣柔術銃鎗とベースボールが同列に並んでいます。文字通り命がけです。

また、昔の学生野球については、

血を流しながら「痛い」と言えず、「かゆい」といって練習したとか、

監督が選手をグラウンドの端から端までぶん殴り続けたとか、

殴ったバットが折れたとか、

果ては、その光景を見た親が「うちの子はまだ見込みがある」と安心して帰っていったとか、、、、

そんなことが書かれていました。そう遠い昔の話ではありません。

これらは、必ずしも否定的な文脈で叙述されていたわけではありません。少なくとも、事実としてそういうことがあったようです。

もちろん、今、僕がそれを肯定しているわけではありません。

ただ、かつて、それを肯定的に見ていた時代があったということは認めなくてはいけないと思うのです。恐らく、他のスポーツでもそうでしょう。その土壌はスポーツだけに限定されていたとは思いません。

廊下に水を溜めたバケツを持って立たされるとか、昔の漫画などにはよくあった光景です。あれだってやらされている状況を想像すれば立派な体罰であることは明らかです。

そのなかで、暴力的な体罰の犠牲となった人もいただろうと思います。恐らくそう言う人は数が少ないこともあって黙殺されてきたのでしょう。(具体的事例の根拠はありませんが。)

けれども、価値観の多様化とともに、体を痛めつけることに価値を見いださない人が増えてきました。そして少数の犠牲者を黙殺しない時代になってきました。最近の議論はそう言うことを背景にしているのだと思います。

体罰を「時代遅れ」の一言で片付けるのは簡単です。僕はこのような体罰がなぜ、指導として成立しえたのかを考えてみたいと思います。そこには継承すべきものと、時代に合わないものが混在しているような気がするからです。

ここで、今をさかのぼること約30年前、高校時代の個人的経験が思い出されます。

修学旅行で京都に行った時のことでした。(恐らく)学校全員で禅寺へ見学に行きました。恥ずかしながら、そのあと座禅を組んだので禅寺だと思うだけで、なんというお寺であったか記憶はさだかでありません。

まず、お坊さんに「お話」をうかがいました。

正しい姿勢をとりましょう、それが日常生活を正すことにつながり、まっすぐ生きることにつながるのです、、、そんな話だったように思います。その後、皆で座禅をくみました。

僕はありがたいお話に素直に納得し、言われるがままに心を鎮めて自分を見つめようと心がけ、目をつむりました。(そんな気がしています。)

ビシッ!

突然、警策(あの、座禅で使う棒のようなもの)で肩を叩かれました。恐らくは最初の一発だったこと、だから、まったく予測していなかったこと、けっこう痛かったことなどから、とても驚きました。

あまりの痛さに、僕は思わずお坊さんをにらんでいました。

僕の座り方のどこを見て、ダメだと思ったのか。無言でぶっ叩くくらいなら、あそこを直せ、ここを直せと言ってくれればいいじゃないか。そんなことを思いました。

彼は僕をみて微笑み返し、ただ、うなずいたのでした。

大変申し訳ないけれどj、30年後の今も強く残っているのは、いきなりぶっ叩かれた驚きと痛みと怒りです。話の内容はこの文章を書くまで「忘れた」と思ってました。書いていたら何となく思い出されてきました。不思議なものですね。

いずれにせよ、残念ながら、あの微笑み返しとうなずきは、僕にとって何も生み出しはしなかったと思っています。僕の意識ではただ見学に行っただけで、座禅を組んで修行しようと思ってあの場にいたわけではないのでした。

そんな不真面目な学生は叩かれても仕方ない?それでは「体罰」になってしまいます。

恐らくお坊さんも本当に修行させようと思われていたわけではないのでしょう。ただ、少しでもリアルに体験させようとお考えになったのでしょう。

でも、あのお坊さんは、僕が肌の色の違う外国人だったら、ぶっ叩かなかったんじゃないか、、、そう思います。少なくとも、反射的ににらみつけてしまうほどの力では叩かなかったはずだと思います。

説明せずともわかっているはずだ、通じる、と思ったから叩いたのだと思います。(想像でしかないけれど。)でも残念ながらそうではありませんでした。

その場で座禅を組むということの意味、位置づけなどについて共通認識が共有できていませんでした。

座禅は修行であって教育や指導ではありません。ここに大きな違いがあると思うのです。この修行と指導が混同されてしまったとき、「体罰」が生まれうるのだと思います。

修行というのは多かれ少なかれ、極限をきわめて新たな境地を求めようとするものだと思います。極限を極める行為に、自分を痛めつける行為が選ばれることがよくあります。荒行と呼ばれるものです。

僕はやったことがないからわからないけれど、体を痛めつけ、極限状態に至ったときに初めて何かがつかめるのでしょうか。そういう「行」につながる意識を持っているヒトにとって座禅における警策は修行の一環でしょうし、ありがたいものなのであることは(多分)間違いありません。

この観点からすれば、警策は体罰ではあり得ません。 修行の一環です。

それはよくわかります。

一方、話は少し飛びますが、僕が思うに、日本人は極めることが大好きな人たちです。

ラーメンしか出さない、そばしか出さない店、うどんしか出さない店、寿司しか出さない店、ウナギしか出さない店、トンカツしか出さない店、そんなレストランが数多く存在し、それらの店の料理人が職人として認められる国は世界中で日本以外にそう多くないはずです。僕の少ない経験からは、多分、日本だけだと思います。

勿論、そのほかにも様々な分野で「職人」がいます。

そして「道」が好きです。当然、武道はみんな道。柔道、剣道、弓道、相撲道、、、。その他にも、華道、茶道、書道、香道、、、 。

スポーツも道になっちゃいます。始めの方で書きましたが、「野球道」なんて本もあります。以前、北島浩介選手はインタビューで「水泳道」って言ってたことがあります。

そして多分、職人たちの多くは「その道」を歩んでいます。スポーツ選手も精神的には共通するものを意識することがあるでしょう。

僕の知る限りにおいて、この「道」を極めようとするとき、多くの場合、精神修養が必要と感じられるようです。そこには修行のイメージがあります。それは不思議なことではないと思います。素晴らしいことだと思います。自分が自発的に行う限りにおいて。

この時、座禅と警策のイメージが、今問題となっている選手と指導者のイメージに重なってくると思うのは飛躍し過ぎでしょうか、、、。

学生スポーツは教育の一環として位置づけられています。新学習指導要領の体育には、第一項にこう書かれています。

「心と体を一体としてとらえ,適切な運動の経験と健康・安全についての理解を通して,生涯にわたって運動に親しむ資質や能力の基礎を育てるとともに健康の保持増進と体力の向上を図り,楽しく明るい生活を営む態度を育てる。」

「心と体を一体としてとらえ」ることに全く異論はないのですが、それを教育、指導の立場から、いびつな形で拡大解釈すると、カラダを痛めつける事によって心をただそうとするカルチャーにつながりかねないのではないかと思います。

「以心伝心」が成り立つような状況で、「指導=修行」というような意識が共有されていると互いに認識している時、一定のルールのもとで、あるいは抑制のきいたやり方で体を痛めつけることは「指導」でありえたのかもしれません。

けれども「以心伝心」が死語となりつつあるような時代に、座禅のようなルールがなく、指導者のモラルに全てがゆだねられ、適切なチェック機構がなければ、「強要された修行」の様相を帯びるのはそう難しいことではないと思います。そこに様々な感情が加われば、容易にエスカレートするでしょう。

僕は「修行」をしたことがないのでわかりませんが、自分の理解では、修行は心が折れて挫折したとしても、また一からやり直すことができるものだと思います。

でも修行と混同された指導にそれは許されません。

教育や指導においては、向上心を持たせ、強い精神力を育てることが目標であって、ハードワークはその仕上げに位置すべきものだと思います。

(指導する側は大変でしょうけれど)目標にいたる道程は人によりちがってもイイと思います。最終目標だって人によって違っていいと思います。

以前は、そういった多様性が存在する可能性は低かったのであろうと想像します。だから、その入り口から画一的な目標設定がなされ、ハードワークが設定され、身体的痛みを感じながら自分の居場所を確認するという、方法論が成り立ちえたのでしょう。

すべてがうまく機能した時には驚異的な成果を上げることができたのだろうと思います。(ただ、恐らくそのような場面では体罰は必要とされないだろうと想像します。)でも、そのような状況はまれであったのではないでしょうか。多くの人にとっては「修行の強要」となっていた可能性があると思います。

もう一つ、大切なポイントがあります。

そのような指導法は前時代的に思えますが、それがハバを利かせるためには、指導を受ける側もそれをありがたがっていた部分があるに違いないと思うのです。

指導者にお任せすると言う意識です。あの人に任せておけば、言う通りにしていれば間違いない、そう言う指導者依存の意識です。そう言う意識の人たちからは前時代的指導法に反対する声は出てこないはずです。そういう人が一定数いなければ、体罰を伴う指導が高い評価を受けることはできなかったはずです。

前時代的指導法に最初に違和感を持った人たちは、自分で目標を設定し、必要な事を自律的に考え、体罰を受けずとも、自分の居場所と進むべき道を確認しようとする人たちだったのだろうと想像します。そしてそう言う人たちが無視できない数になってきたというのが今の時代なのでしょう。

本当に時代に合わなくなってきているのは、指導する側の、身体的苦痛にものを言わせようとする指導法だろうと思います。でも、本当にそれをなくすためには、指導者の意識改革のみでは不十分だと思うのです。

指導を受ける側も、他者依存的な姿勢から脱皮して自律的な考え方へと脱皮する必要があるような気がします。

「僕の死に方」

新年早々の話題としてはちょっと重めですが、、、。

僕の死に方 エンディングダイアリー500日 」を読みました。

僕は全ての人の死にドラマがあると思います。そのなかに、形として遺されるドラマがあります。

筆者の金子哲雄さんは、なくなる前のたった一ヶ月間で本書を書き上げ、「ドラマ」を形として遺されました。

金子さんは、自身がこの世を去ったあとの段取りを全てオーガナイズされました。お葬式で御本人から出席者の方々への手紙が読まれることなど普通経験するものではありません。

体力が病魔によって蝕まれていくなか、自分の死後に想定される様々なことを全て仕切りながら、しかもその間に、本まで書き上げてしまうというのは、正直、すごいことだと思います。

その驚きとともに、この「ドラマ」を読みながら、僕の父親が自分の最期について思い描いていたのは、こういう「ドラマ」だったかもしれない、、、。と、ちょっと思いました。

本書によれば、金子哲雄さんが病気になる前のスケジュールは、まさに分刻みです。これまたスゴいの一言につきます。

若い頃、僕の父も、自分の命を削っていると思われるほど働いていました。父親は国立がんセンターという病院で肝臓がんの診療にあたっていました。

専門は消化器内科。手術以外に根治療法がなかった時代です。内科医は、根治を望めない肝臓がんの患者さんの診療にあたることになります。

当時の肝臓がんは今よりずっと治療成績が悪くて、多くの方がなくなっていました。2010年に発表された第 18 回 全国原発性肝癌追跡調査報告によれば、肝細胞癌の5年生存率は、1978 年―1985 年の9.5%(10人に1人以下)から、1996 年―2005 年の39.3%(3人に1人以上)にまで改善しています。

僕の幼少時の記憶に残っているのは「9.5%時代」よりちょっと前の1960年代後半から1970年代が中心です。

好むと好まざるとに関わらず、父は肝臓がんのターミナルケアに携わることとなりました。

容態の悪い患者さんがいるのはいつものことのようでした。 年間に書く死亡診断書は国立がんセンターで一番だったと聞いています。(毎年そうだったかわからないけれど、少なくともそう言う年はあったとのことです。)

そんな父と遊んだ思い出は僕には数えるほどしかありません。父は、毎朝朝七時に家を出て、夜十時前に帰って来ることは稀でした。日曜に父が家にいたのもあまり記憶にありません。僕が家に居なかったのかもしれないけれど。

当時は携帯電話なんてなかったので、病院からの連絡は電話でした。休日、床屋に行っている最中に病院から患者さん急変の連絡が入ったこともありました。その時は僕が、床屋まで走って知らせにいきました。

そんな、がんで亡くなる患者さんを数限りなく看取った父は、定年退職後、こう言っていました。

「がんはそんなに悪い病気とは思わない。なぜなら、少なからぬ人が死の準備をする時間を持てるはずだから。」

そして、自分ががんになった時、どのようなターミナルケアを望むのか、自分がどのような患者になりたいかを考えているようでした。実際、母との間にはそういう会話もあったということです。

若い頃のハードワーク、そして進行した悪性腫瘍の発見、闘病生活とターミナルケア。

確かに父はそう言う「ドラマ」を思い描いていたと思います。金子さんの「ドラマ」と重なる部分が多くあります。

ただ一点、金子さんの「ドラマ」全体の長さがあまりに短い点を除いて。金子さんの「ドラマ」は想定よりもずっと短いものでした。

僕の父は自分がライフワークとしていたターミナルケアを受けることなく、突然死と言う形でこの世を去りました。何の前触れもなく。

人生は思ったようにいかないものです。

そんな事を思いながら読んでいたらあっという間に読み終わってしまいました。

僕は今年歳男です。金子さんはこの年齢に達する前に他界されました。 でも、僕には、まだまだやりたいことも、やらねばならないこともたくさんあります。あるはずだと思っています。

そう思ってみると、金子さんはさぞかし無念だったことでしょう。

自分も他人事ではありません。あまりストイックにはできないけれど、できる範囲で健康管理を怠らず、健康に感謝しながら日々生活したいと思います。

PS: 個人的には同様の本として『小さな小さなクローディン発見物語―若い研究者へ遺すメッセージ 』の「ドラマ」が強く印象に残っています。



自転車通勤の愉しみ

5月末に正月以来の走行距離が750キロを超えました。現在808キロで月平均150キロを超える計算です。

年間1500キロ、月平均125キロを目標にしていましたから、予想以上のペースで距離が伸びています。これから梅雨に入りペースダウンするでしょうからちょうどいいかもしれません。

順調に距離がのびている理由の一つにダイエットや健康への意識があることは間違いありませんが、自転車通勤の愉しさを味わえていることもまた大きな理由だと思います。

小学生の頃、父親から「自分は山奥でつぼみの大きさや色を見ながら春を待ちこがれて過ごしたが、おまえは都会で育っているから、春が近づいているのなんかわからないだろう。」なんて言われた事がありました。そうかなぁ、そうかもしれないなぁ、、と想いながらずっとすごしてきましたが、自転車通勤をするようになり、日々の風にこれまでに感じなかったような季節感を感じるようになってきました。(歳をとったせいかもしれませんが、、、)

(名前がわかるものは殆どありませんが)色々なところで見られる花や街路樹の葉の色や木々の枝振りがかわっていきます。春から初夏にかけての緑には生命の力強さを感じます。

そして、特に根拠はないのですが、朝、多摩川を渡るとき、きれいな富士山が見えると、活力が出るような気がします。頻度は冬の方が多かったような気がします。空気が澄んでいるのでしょうか。

また、富士山は見えなくとも、多摩川の流れを見られることも通勤途中に癒される瞬間です。

一年ほどの短い間でも、川の流れが少しずつ変わってきました。

大水で河原の風景が一変した後、新たに流れ始めた中州近くのところは、蛇行する外側部分が何ヶ月もかけて徐々に深くなっていきました。最初はなだらかな浅瀬だったのが、今では数十センチの崖のようになっています。徐々に雑草も生えてきました。

これからまた梅雨になって水量が増えたとき、どのように変わっていくのか、小学校の理科の教科書を思い出しながら、興味を持って眺めています。

腹の肉が気になりつつも、お腹いっぱい食べたいので、そのためにも、楽しみながら自転車通勤を続けたいと思います。

電動歯ブラシ

 僕は小さい頃虫歯が多く、ずっと歯医者通いでした。今、そういう子供はあまり見かけませんが、幼稚園のころには前歯が全部とけてしまっていました。おかげで永久歯が生えるまで入れ歯をしていました。入れ歯をした幼稚園児なんて、今も昔もなかなかいないと思います。

 永久歯が生えてきても歯並びが悪く、歯医者さん通いはずっと続きました。風邪のため鼻で息ができない時、矯正用のマウスピースをして寝なくてはならず、明日の朝までに窒息してたらどうしよう、と真剣んに悩んだこともありました。

 そんなわけで、歯の健康には全く自信がないのですが、食べるのが好きな僕としては、今の自分の歯と少しでも長くお付き合いしたいと思っています。

 Sonicareはそんな僕のお気に入りの電動歯ブラシです。歯ブラシとしては高価ですが、使用感は大変よろしいです。やみつきになります。

 何が良いかというと、なんと言ってもそのパワー。歯の裏側に軽く当ていているだけで振動が歯の隙間を通して唇に感じられます。

 また、ブラシの毛先が3次元にカットされていて、一部尖っているように見えるので、痛いかな?と最初思いましたがそんな事は全くありませんでした。この尖っているところがまた歯の隙間をきれいにするのに役立っていると思います。

 基本的には口腔内を上下左右に4分割し、それぞれを30秒ずつブラッシングするのが標準使用のようです。30秒経つと一瞬ブラシの振動が止まります。これを合図に次の場所に移動するというかんじです。

 標準の二分間のモードには、Clean、Sensitive、Massageの3種類あり、その他に一分間のお急ぎモード、三分間のしっかりモードと多彩なモードがあるので好みに合わせて使えます。

 僕は二分間では物足りないので、その倍くらいかけてCleanモードでブラッシングをしています。

 これをすると歯がツルツルになるだけでなく、歯間まできれいになったように感じて大変気持ちがいいです。

 養生訓を著した貝原益軒は江戸時代に80歳をすぎても歯を一本も失っていなかったそうですが、そうなりたい、そうなれるかな?と思わせるほどの磨き終わり感です。

 他の商品と比較していないのに、べた褒めしてますが、本当に良いと思って使っています。

PHILIPS sonicare フレックスケアー 電動歯ブラシ HX6902/02 Kitchen PHILIPS sonicare フレックスケアー 電動歯ブラシ HX6902/02

販売元:Sonicare (ソニッケアー)
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とまらない咳

 一週間以上、咳がとまりません。
 
 先週中頃から症状が出現し、最初は鼻汁、咽頭痛といった軽度のカタル症状を伴っていて普通の風邪だと思ってました。
 
 金曜日の夜には悪寒を伴う発熱と頭痛が出現しました。おや?っと思ったのですが、感冒薬と解熱鎮痛剤の内服で症状は早期に改善を認めました。やっぱり風邪だったのでしょう。
 
 けれどその後も咳だけがとまりません。
 
 のどの更に奥の方につねに違和感があって、咳をして痰を出すと楽になった気がしますが、あっという間に違和感が再出現します。
 
 去痰剤と咳止めの内服も、今のところ効果は若干の改善??という程度にとどまっています。
 
 この症状、「かぜ症候群後遷延性咳嗽」ではないかと思っています。診察したことはありますが、自分がそうなったのは初めてです。
 
 いわゆる咳エチケットという観点から こまるのは電車やバスの中。微妙に咳払いなんかをして大きな咳をしないようにしています。
 
 がんばれば30分くらい咳をせずにいられるもので、そうすると、その後の咳も楽になっています。でも、気づくとまた、立て続け大きな咳が出ています。咳が咳を呼ぶ感じです。
 
 症状としては咳だけですから、病気としては大したことはないのですが、一日中呼吸に意識が割かれてしまって一つのことに集中できません。
 
 この「かぜ症候群後遷延性咳嗽」、日常生活においては意外に侮れないものだと実感しました。
  週末、気道粘膜の安静と保湿につとめ、早くよくしたいと思います。

イチロー選手とWBCと胃潰瘍

イチロー選手が胃潰瘍で故障者リスト入りしてしまったとの事。

ストレスによる胃潰瘍ではないかと想像します。ネズミを檻にいれ、首の高さまで水につけると、溺死への恐怖感から数時間で胃潰瘍ができるそうです。

WBCで不調だった時の彼のストレスは、まさに生命の危機に匹敵する大変なものだったのでしょう。「胃に穴があく」とはまさにこの事です。

イチロー選手のストレスがこれほど大きくなった原因は彼自身の不調だけではないと思います。

これまでの野球人生の中で、さまざまな不調を何度も経験し、彼はそれを克服してきているはずです。ストレスを大きくしたのは、WBC、チームへの彼の思い入れの深さではないかと思います。

強い思い入れがあるからこそ、自分にも期待するでしょう。周囲の期待にも応えたいと思うでしょう。その両方に応えられない時、思い入れが強ければ強いほど、逃れられない強烈なストレスが襲ってくるのだと思います。

4年に1度、短期決戦、日本代表、周囲の期待等、さまざまなファクターが増幅され、一つ間違えば戦犯扱いしそうな報道は、胃潰瘍ができるほどのストレスを抱える本人にとっては非常に不快なものに違いありません。

でも、今回のWBC中、記者の「国民が期待していますが」との言葉に、「知ってるよ、わかってる。知ってるから。」という返事をしていた時の彼の表情にトゲトゲしさはありませんでした。

そんな大人の対応をとれる彼だからこそ、不調にあっても他の代表メンバーから浮く事なく戦い抜けたのだと思います。

そして最後の最後に結果を出してしまったあたりはやはり常人ではありません。

彼の早期復帰と活躍を願います。

(個人的にはイチロー選手を使い続けた原監督の胃袋も心配です。)

サイクルコンピュータ

最近、友人のゆうさんからサイクルコンピュータを頂いたので、自転車に装着して使い始めました。

前輪のスポークに小さな部品を取り付け、その部品が通過する高さのフレームにセンサーを取り付けます。すると、センサーからサイクルコンピュータにタイヤの回転が送信されます。コンピュータは、使い始めるときに設定したタイヤの径に基づいて、走行距離、スピードなどを計算してくれると言う代物です。

スポークに装着した部品がセンサーの横を通るとき、センサーと部品の距離が5mm以内ではないといけないと説明書には書いてあります。最初、5mm以内になるように取り付けるなんて大変だなぁ、としり込みしていました。しかし、いざやってみると以外に簡単に装着できました。所要時間は小一時間程度でしょうか。

最高速度や平均速度、走行距離、積算距離などが表示されます。特に積算距離がわかるのは嬉しいし楽しいです。

つけてわかったこと。

1)ちず丸距離計測や、キョリ測で測定した走行距離は結構正しい。

2)走行中に現在の速度が表示されるが、これにこだわると危ない。(スピードが出ているときに限ってみたくなる。)

3)僕の自転車通勤日数は月平均5-6日しかない。(月に100~120キロ程度しか走っていない。)

最後の3)はちょっと意外で寂しい感じでした。正直言って、毎月200キロくらい走っているかと思っていました。でも仕方ないですね。現実ですから。来年は1年間で1500キロ以上は走りたいです。

ゆうさん ありがとうございました。

 

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特定保健用食品(トクホ)広告の進歩

昨年6月に特定保健用食品についてちょっと書きました(トクホ、特定保健用食品1トクホ、特定保健用食品2)。当時、トクホの広告は「特定保健用食品です」「こういう人に効果が期待できます」みたいな事がうたってあるのみでした。少なくとも、僕がインターネットで調べた範囲で、当時、実際にその根拠となる資料が示されている商品は一つもありませんでした。一方では、特定保健用食品の認可を受けるためには相当客観的なデータが必要とされているとの事でした。ある会社の方に聞いたところでは、消費者がトクホ食品に過大な期待を抱き、誤った使用方法を招かない様にするため 、広告の内容が規制されているということでした。


その話を聞いたとき、「情報を開示しないことによって適正な使用を期待する」って言うのはなんとも変な話だなぁ、と感じました。でも、それがルールなら仕方ないな、とあきらめていたのですが、最近トクホの広告が変わってきたようです。規制が緩やかになってきたのでしょうか。


たとえば、サントリー黒烏龍茶の広告では、黒烏龍茶を飲むと食後の中性脂肪の上昇が20%抑えられる、と言うようなことがグラフで表示されています。以前はこのような具体的数字を提示した広告はありませんでした。こういった数字は説得力があるように見えるだけに、評価は慎重にしなくてはいけません。どのような方法でデータを出したのかが問題です。


医学生物学的データは、誤差が非常に大きいのが通常ですから、結果を平均値だけ比較して「差があります」と言われてもにわかに信じ難いのが正直なところです。


僕はその広告を電車の中で見たのですが、そこには20人の被験者から得られたデータだと言うこと以外、詳しいことは何も示されていませんでした。


サントリーのホームページをみてみると、黒烏龍茶を飲んで食後の中性脂肪の上昇を抑えたグラフ、黒烏龍茶を飲んで便中の脂肪分排泄量が増えたことを示したグラフがしめされ、それぞれのグラフの元となる論文が提示されていました。引用文献が示される事により、少なくともその論文と同程度にまで向上します。


学術論文は、通常、その論文の著者たちとは利害関係のない複数の専門家によって研究の方法、データの妥当性が評価されます。そして、その結果に基づき編集者が論文掲載の可否を決定します。そうして世に出たデータと、どこから出てきたのかわからないデータでは信頼性はまったく異なります。


何度も書きますが、1年程前にはこのような広告は皆無でした。これは大きな進歩だと思います。


今週の僕の体重は75.1Kg。先週から100g増。進歩ないですねぇ。

素人的自転車通勤事始

今週の体重は、67.0kg。先週からマイナス500g。 まぁまぁ、と言うところですが、もうちょっと減って欲しかったところです。火曜日、水曜日、木曜日と3日間、自宅から職場まで、片道40分くらいかけて自転車通勤したので。やっぱり運動でダイエットするのは大変です。
 
これまでも駅から職場までは自転車で通勤するようにしていました。一番の目的は健康維持です。片道15分から20分くらいで、ダイエットに効果があるほどの運動量ではありませんが、筋力がつくのは自覚できました。脚力がついてくると欲が出てくるもので、今まで新しい事をやる気が起きてきます。


自転車通勤開始後、約1年程して始めた事は、通称「地獄坂」と呼ばれる急坂を自転車で登ることでした。最初はギアを一番軽くしても登り切れませんでした。数週間後には登れるようになり、昨年はギアを少し重くしてスピードを出して登れるようになりました。


そして今回、新たなチャレンジとして、自宅から職場までの自転車通勤にチャレンジしてみた、というわけです。


この暑い季節にこんな事を始めなくても、、、という気もしますが、ネットで自転車通勤の距離を調べてみたのがきっかけです。 使ったのは次の二つのサイトです。

ちず丸距離計測

キョリ測

ちず丸はカーソルを持って行くと自動で道を選択してくれるので楽に経路の設定ができます。道路の右側、左側も選択されるので、スゴく正確そうな気がします。キョリ測は基本的にはクリックした二点間のキョリを加算して行くので、曲がり角の度にクリックする事が必要です。カーブなどでは正確さを増そうと思うと何度もクリックしなくてはなりません。

一方、キョリ測では徒歩、ジョギング、自転車で移動した場合の消費カロリー数が表示されます。坂などは考慮されていないと思いますが、何となく参考にしたくなります。往復で、登りと下りが相殺されると考えれば、平坦路の倍で往復のカロリー数が得られる事になります。ちず丸もカロリー数がでますが、徒歩だけです。 

計測してみると、駅から職場までが約4キロ、自宅から職場までが約10キロでした。二つのサイトで違いは数十メートルと言ったところです。


普段、駅から職場までの自転車通勤が結構いい運動になっていて、7-8キロくらいあるんじゃないか、と思っていたのに、その距離がたった4キロだったのかとちょっと残念な気持ちになりました。また、自宅から職場までの通勤路は平坦路が多いので、10キロくらいなら出来るんじゃないかと感じました。


やってみると、汗はびっしょりになりました。最後の「地獄坂」は息も絶え絶えで、今週は一日中、足が重だるい感じがしていました。でも、これまでの経験から、そのうちそれが楽になってきたりすると快感に変わる事でしょう。加えて、これまでの電車+バス通勤よりも5分ほど早くつきます。


キョリ測で自宅から職場までの自転車の消費カロリー数を見てみると260キロカロリーでした。往復で520キロカロリーです。運動で消費するカロリーとしてまぁこんなものでいいかな。


ぺダリスト宣言!―40歳からの自転車快楽主義 (生活人新書 240) 」によると、1Kmを2000ccのオートマティック車で走行すると500mlのペットボトル250本分のCO2が排出されるのだそうです。往復20Kmの自転車通勤でペットボトル5000本分のCO2排出抑制に相当する事になります。すごいですねぇ。でも、正直言って、そんな事考えていたら息苦しくて続かないと思うので、やっぱりダイエットとか、体力増強とか、そっちの方にモチベーションの源をおく事にします。


当面は週1回でもいいので、自宅から職場まで自転車で通勤する事を下半期の目標にしたいと思います。


最終的には、往復20キロを週3日くらい普通に走れるようになりたいです。

恵介くんと肝移植

ある日体調が悪くなって病院に行ったら、医師の病状説明は死の宣告に近いものでした。C型肝炎に罹患しており、肝硬変の終末期にある、このままでは残された命はあと1年あまり、、、。

細谷恵介くんは28歳の若さでその状況におかれたそうです。

彼の命を救うためには肝移植しか道はありません。

移植医療を巡っては様々な問題が存在していて、いろいろな立場の意見があると思います。移植医療を受けられる道が大変狭い現状であっても、ルールを守る事が大切だと思います。

日本では肝移植は生体肝移植が主流ですが、恵介くんには生体肝移植を受けるという選択肢はありません。全国で一年に10〜15人しかいない脳死肝移植のドナーが現れるを待つほどの時間的余裕もありません。

そうなると、海外での脳死肝移植が残された選択肢となります。米国などでは5%が外国人枠として認められているとの事ですから、その枠内であればルールに則っているので、ギリギリ許容範囲内と言えると思います。

けれどもその為に6000万円というお金が必要だそうです。この金額は個人がそう簡単に捻出できる金額ではありません。

恵介くんを見て彼の友人達が立ち上がりました。「恵介くんを救う会」は彼の友人である20人近い若者達がその中核を占めます。しかし若い人だけでは様々な問題をクリアするのに難しい事が多かったそうです。年長者の方がその若者達の心意気を感じて代表となって下さいました。

今日、その恵介くんが海外で肝移植を受けるための募金を集う記者会見が、厚生労働省で開かれ出席しました。

 

詳細と募金の方法は「恵介くんを救う会」のホームページ移植支援協会のホームページにゆずります。

http://save-keisuke.com/

http://www.ishokushien.com/

今回、僕がこの記者会見に参加して、一番感動したのは、この若い人たちの気持ちと、その熱い気持ちを受け止めよう、導いて行こうと言う代表の綱島さんの心意気でした。ほかにも地域のお母さん方が活動に参加されているとの事です。

これ程多くの人たちが彼のために立ち上がってくれた、これは恵介くんの人徳を示すものでしょう。そしてこの若い人たちの熱い気持ちが人の命を救ったとき、健康な若者達の間にも、健康や医療へ意識が振り向けられるような流れが生まれる事を望みます。