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自分なりの総括

2014年3月。STAP細胞が話題になっていた頃、「意外に近いところを実験してたなぁ。それが形にできなかったのは自分の力不足だなぁ、、、」と残念な気持ちになっていました。

それがその後、一転して大きなスキャンダルとなったことは周知の通りです。科学における論文の不正なんて、いくらでもあるのになぜ?というほどです。

かなり話題になったので、「捏造の科学者」「あの日」「STAP細胞残された謎 」と、関連書籍を三冊ほど読みました。そしてこのあたりで、この騒動について自分なりの総括をしておこうと思います。

僕は知らなかったのですが、STAP細胞の論文不正の調査報告日と同じ日に、もっと大きな不正事件の調査報告がなされていたそうです。

元東京大学分子細胞生物学研究所教授による不正です。33の論文で110箇所の捏造や改ざんが認定され、不正行為を行ったと認定されたのは計11人、費やされた研究費は15億円に上るということです。(「STAP細胞残された謎」109ページ参照)

STAP細胞の事件では1つの論文で認定されて不正は4箇所です。15億円もの研究費が投じられたとはとても思えません。でも、世間やマスコミから注目を集めたのはSTAPの方でした。

この点一つとっても、注目度の高さは尋常ではありません。これほどまでにマスコミが注目した理由の一つは話の始まりにあるのだと、僕は思います。

STAP細胞の発見は最初、理研からマスコミに向けて情報提供がなされます。キーとなりそうな人には直接のプロパガンダもあったようです。「捏造の科学者」の著者もその一人でした。

情報提供はマスコミが飛びつきやすいように修飾されたものでした。

「若くて可愛い天才リケジョが新しく発見したiPSを超える細胞。そのインパクトはノーベル賞級。」

直接にであれ、間接的にであれ、理研CDB内部でSTAP細胞論文に関わった人の中に、社会的に華々しく取り上げられることへの色気があって、小保方さんとマスコミを利用しようとした、という側面があったのだろうと思います。そしてその撒き餌に集まったマスコミによりお祭りが始まります。

しかし、その後、STAP論文の不正が明らかとなります。華々しく報道してきた分、特に真摯に科学報道に携わる方にとっては義憤に駆られる十分な理由となったと想像します。

「捏造の科学者」はその視点で書かれています。著者は、科学報道に携わるプロとして、義憤に駆られて必死で仕事をしたのでしょう。そして彼女は自身が真実だと信じる報道をし、この事件を総括しようとしました。その事は間違いないと思います。「正義は我にあり。」と言っているように感じられます。客観的であるようで、いささか感情的な正義感とか、危機感みたいなものが感じられます。

読んでいて、「正しいマスコミ」が「犯人」を追求する残酷さみたいなものを感じた本を思い出しました。「薬害C型肝炎女たちの闘い」 を読んだ時のことです。法廷闘争の過程で、自分たちの主張に有利な証言をしてくれた飯野四郎聖マリアンナ医科大学教授(当時)は完全無欠の正義の味方。製薬会社側の証言をした大学教授は悪の権化のような描かれ方でした。どちらも同じ業界の有名人です。一方が正義の味方、他方が悪の秘密結社の総帥みたいなことはありえません。義憤に駆られたマスコミは、単純化された勧善懲悪のストーリーを作り上げ、非情なまでに悪を懲らしめようとするものだと感じました。

STAP細胞問題でも同様の、マスコミの正義感に基づく過剰反応があったことは否めないのだと思います。

一方、「あの日」では渦中の人物が、その人の視点からストーリーを紡ぎます。前半のサクセスストーリーは非常に向上心の強い方であることが感じらました。問題が起こって以降のことについては当事者の視点であるため、客観性がどれだけあるのか疑わしいようにも思います。こちらもやや感情的です。そして、「STAP細胞はあります。」という思いも変わっていないようです。ただ、告発本を出版して、「私だけじゃなくて、もっと偉い人にも責任があるの!」と言ってもなかなか説得力が出づらいと思います。

なぜかといえば、科学はそういう形で進歩してきていないのですから。

科学界には昔からそういった不正が存在していました。「背信の科学者たち [ ウイリアム・J.ブロード ]」にはプトレマイオス、ガリレオ、ニュートン、ドルトン、メンデルなど、名だたる偉人達の著作やデータにもミスコンダクトが存在している事が記されています。彼らの発表したデータにも怪しいものが多々ありました。それでもなおかつ事実として認められています。そこには再現性があるからです。彼らの主張する内容が、時空を超えて様々なところで再現されているのです。

現代では、まず、研究費を獲得するために審査を受けます。さらに論文投稿時の審査を受けます。論文が発表された後には、他の研究室などにおける追試がなされます。そしてその追試によって結果が再現されることにより、最終的に正しい科学的事実と認定され、そこからさらに知見が積み重ねられます。

これらのシステムがあるので、ねつ造されたデータを基にした論文があっても、結果が「ありえないもの」であれば長期的には淘汰され、消えていきます。

逆にデータに多少の問題があっても、ちゃんと再現性が確認できれば後世に残っていくものです。(歴史はそうだと言うだけで、それを理由に不正をしても良いと言うつもりはありません。)STAP細胞論文に名前を載せた人たちは皆、そのくらいの事はわかっていたはずです。ただ、STAP細胞は、今の所、論文著者を含めてまだ再現されていません。

論文不正とその検証の問題に話を戻します。STAP細胞論文では、現代科学における標準的な倫理観に照らし合わせて正当化できない論文不正が存在していました。

しかし、それ以外にも、「STAP細胞残された謎」では様々な矛盾を指摘しています。この本はかなり専門的に、詳細なデータを一つ一つ洗い直して行きます。極めて論理的です。その検討の矛先は全てに平等に向けられます。マスコミ報道にも様々な不備があり、彼女の主張が正しいと思われる部分もしっかりあることがわかります。

調査委員会で公表された細胞の一致に関する検討を例にあげます。

調査委員会では99%以上一致していることを根拠に細胞の一致を結論付けていました。しかし、本書では、細胞が異なっていても99%は一致していること、99.9%以上一致していて初めて細胞が一致していると結論付けられることを、データをもとに示しています。

これらを見ると、小保方氏に責任があるのは明白ですが、彼女一人に責任を押し付けて事の終結を図るのは、トカゲの尻尾切りにように感じられます。けれども、この問題に関して、これ以上犯人探しをしても、多くの人にとって益は少ないとも思います。

科学における不正は上に書いたごとく数多くあって、その多くは結局うやむやに終わっているようです。そして時と再現性が最も有力な自浄作用のように思われるからです。

個人的には自分の経験などから、STAP現象(あるいはそれに似たもの)はあると思っています。でも、STAP細胞があるかどうかはわかりません。もしあるとすれば、いつか誰かがそれをより再現性の高いやり方で証明してくれることでしょう。なければこのまま忘れ去られていくことでしょう。

国立がんセンターで勉強していた時、当時、研究所の所長だった寺田雅昭先生が飲み会の席でこんなことを言っておられました。

「自然の美しさに魅了され、科学を芸術にたとえる人がいる。自然は美しい。芸術的に美しいこともある。でも、科学は芸術とは違う。ピカソの絵はピカソがいなければ描けなかった。でも相対性理論はアインシュタインがいなくても、誰かがいつか必ず発見していたはずである。」

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