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10年

10年前には全く意識しなかったのですが、今年は色々な節目の歳だったようです。
一つは自分の年齢が50歳になったこと。これは誕生日が来れば否応なく自覚させられます。
幸いにして、肉体の衰えはまだあまり自覚していません。ただ、歯医者に行った時、若い歯科衛生士のお姉さんから「加齢性の変化ですね」と説明を受けましたから、客観的にはそれなりなのでしょう。自覚が足りないというのは僕らしいと、自分で思います。その辺はあえて鈍感なまま、これからも頑張っていきたいと思います。
もう一つの節目は、今の職場に就職して10年目になったということ。これは人事課からそういう通知が来て、「そうか、、、」と、実感しました。これまで千葉→水戸→横浜→東京→水戸→千葉→NYC→川崎と職場を変えてきましたが、気がついたら一番長く働いている職場となりました。
最初は知り合いなんて全くいなかったのに、最近では色々なところに知っている人がいるようになりました。10年もいると馴染むものですね。10年も使っていただいてありがたいことだと思います。少しでも恩返しをするために、今いる環境をより良いものにできないかと日々思っています。
そして最後の一つの節目は米国肝臓学会のメンバーになって10年経ったということです。これは米国肝臓学会からそういうお知らせが送られてきて知りました。2005年より前にメンバーになっていたように思うのですが、記憶違いかもしれません。10年もメンバーなのにあまり貢献できていないなぁ。でも、日本の学会にもあまり貢献できていないかも。そうすると僕は一体、、、。
次の10年では職場の内外で貢献度を上げることを目標にしたいと思います。
次の10年が経った時、僕は、昔なら赤いちゃんちゃんこを着て祝った年齢になります。その時に「自分はこれをなした」と振り返ることができるようにしたいと思います。

しばらくご無沙汰しておりました。

 しばらくご無沙汰しておりました。その間に50歳になってしまいました。

 50歳という年齢でいつも思い出すことがあります。

今からちょうど30年前。僕が20歳だった頃。このとき、僕の父は50歳になりました。僕は父が30歳のときの子供なので。

その日は多分日曜日でした。父は職場の結婚式に呼ばれていました。父はどこか落ち着かない感じでした。その式ではスピーチを頼まれていたようです。父は常々人前で話すことが苦手だと言っていました。

「今まで人生について語るなんておこがましいと思っていたけれど、50歳になったからそろそろ人生を語ってもいいだろう」

なんてブツブツと言いながら、気もそぞろという感じで着替えていました。それを聞きつけた僕は父に言いました。

「すごいね。半世紀も生きてきたんだね。」

「馬鹿者そんなこと言うな」

父は苦笑しながらそう答えて家を出て行きました。

あのころの自分にとって50歳という数字にリアリティはありませんでした。ところが困ったことに未だにリアリティがないのです。

いや確かに、色々と感じることはあるのです。ちょとずつ老眼になってきているし、記憶力は衰えているようだし、ダイエットをしていても体重が落ちにくくなってきた気がするし、なにより頭の中のキャパが少なくなってきている気がします。

でも、まだ「のびしろ」を実感できる瞬間もあります。現実から逃避するつもりはありませんが、たまに感じられる「のびしろ」を大切に、これからリスタートするつもりで、改めて頑張りたいと思います。

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